三話、革鎧(5)

「いやいや、そんなことは……よしっ、食べよ! すぐ食べよ! いま食べよ!」
「っえ、いま? 本当に?」
「いまっていうのは言葉の綾よ、料理はするわ」
「いやっ、そういうことじゃなくて……」
「大丈夫、これは食べられるってラーナさんが言ったんじゃない!」

 自信満々なリリに、ラーナは訝しげに聞く。

「リリ、自分が食べないと思って、適当言ってない?」
「言ってないってぇー、所詮は牛の皮でしょ?」
「それはそうだけど……」

 ラーナは俯き答えた。

「他の動物も食べてるわよ……多分」
「多分!? リリ、多分って言った!」
「だってー、わたしキングバイソンなんて、見たことないんだもーん」
「真面目に考えてるのかと思ったのにー、まったくー、もう!」

 プイッと顔を背けたラーナ、また怒りが込み上げてきたらしい。

(可愛い生き物ね、もう少しだけからかってみようかしら)

 リリの中で悪戯心が沸々と芽生え出す。

「わたしこんな体ですしー。こんな大きくて分厚い物はお口に入りませんしー! ほらっ、お口小さいでしょ?」

 そう言ってリリは口を開けほっぺたに指をかけ、ポーズを取る。
 リリを見たラーナは、急に止まると静かになった。
 そのまま革鎧を上へ放り投げると、腰から大小それぞれの短剣をサッと抜き構える。

 シュパパパ……ポタポタ、ポタ、ポタ

(わぁー革が雨のように降ってくるー、すごーい!)

 リリが異世界に来てから、一番珍しい光景が広がる。
 あまりにも非現実的な光景に、リリの頭の中は全力で現実逃避をした。
 しかし追い打ちをかけるかのように不敵に笑ったラーナが問いかける。

「ぜぇーっ、ぜぇー……これで、どう? 適当に切ったけど、リリが食べられるサイズも多少は、ある、でしょ?」
「……っあ、はい」

 あまりの威圧感に、リリはそう答えるしかなかった。

(やりすぎちゃったかな? 幸いにも、可愛くて良い子じゃない、いじり甲斐があって)

 気を取り直しフゥーッと深く息を吐いたリリは、前世の営業スキルを使ってまくし立てるように喋り始める。

「まぁいいわ、ラーナさん? よく聞いてくださいね」
「う、うん」
「まず、わたしはこんな体なので料理は出来ないわ」
「だろうね」
「はい、なのでラーナさんに作ってもらいます」

 リリの勢いに今度はラーナが押される。

「っえ! ボク料理なんて作ったことがないよ?」
「いつもはどうしてるの?」
「焚き火で焼くか、鍋で煮るかな?」
「そう。それ! 鍋で煮るのよ」
「鍋で? 革鎧を?」
「そうよ!」
「えぇ!」
「革製品は生では腐っちゃう動物の皮を、なめして腐りにくくする、そういったものでしょ? いわば干し肉! そう、干し肉よ!」

(良い例えー、わたしってやっぱり天才!!)

 ラーナは少しだけ怪訝な表情でリリを見ているが、リリにとっては想定内、丸め込むために、そして話をそらすために更に語る

「加工した革製品も、結局は腐るか乾燥でボロボロになるでしょ?」
「まぁ、うん」
「それは水分や油が抜けて硬くなるからなのよ」
「まぁ手入れは大事だよね」
「そうね、本来は塩や油を塗って、柔らかさと強度を保ってるんでしょ?」
「そう、だね」

 ラーナは呆気に取られているのか、それともリリの意図が読めずに困り果てたのか、何とも言えない顔をしながら小さく頷いた。

(いい感じ、これはいい流れだわ)

 もちろん空腹なので何でも食べたいラーナだが、急に革鎧を煮込むと聞いて、簡単には受け入れられない。

(そりゃ、革鎧を食べようなんて言われたら、そんな顔にもなるわよね)

 だからこそリリはあえて雄弁に、自信満ち溢れる表情と態度で、身振りをつけながら話し続ける。

「この革鎧、相当な時間を放置されていたのね、ひび割れもしてるしボロボロでしょ?」
「ずっとここにあったんだろうねー」
「ってことは?」
「……ことは?」
「運がいいってことよ!!」
「えーそうなの?」

 ラーナはキョトンとした表情で答えた、リリはまだ話しを止めない。

「だってボロボロだと水を吸いやすいし、油も吸いやすい!」
「そ、そうなの、かなぁ?」
「そうなの! これは味もしみやすいし、柔らかくしやすいってことだと、思わない?」
「思わなくも……ないのかなぁ?」

 ラーナは小首を傾げる、まだ納得はしていないが、反応自体は悪くない。

「ラーナさんが暴れた事で、サイズも小さく食べ頃になってるでしょ?」
「サイズだけは、ね!」
「これをじっくり煮て、トロトロになるまで柔らかくすれば?」
「食べられるってこと?」

 不安気に返事をするラーナを、可愛いなと微笑ましく見るリリ。
 同時にこれは勝ったな! とも思っていた。

「さすがラーナさん! さぁ鍋を出して火にかけましょ」
「え、っえぇ?」
「旅人さんなんだから、焚き火を起こすぐらいは楽勝よね?」
「まぁ……」
「オッケー、さぁ直ぐに用意して! レッツクッキングよ!」

 畳み掛けるように話すリリに、納得はいっていないラーナは「わかった」と言い、手持ちの鉄鍋を腰から外して前へと差し出す。

(よし、勝った! っま、ここまで言ったんだから、できる限り美味しく作らないとね)

 ラーナを丸め込むことに成功して気が抜けたリリ。
 ふと鍋を見ると急に不安にかられた、革鎧を食べられると思っているが、食べたことなど勿論ない、味は未知数、美味しくできる保証なんてどこにもない。

(大丈夫、大丈夫よ、革鎧は食べられる、あとは味だけよ、頑張れわたし!)

 リリは自分を鼓舞し、できうる限りの想像をし、この革鎧を美味しく、食べられる物にするんだと覚悟を決めた。

「水はさっきの魔法で出すから、火はよろしくね!」
「わかった、ちょっと待ってて」

 リリは魔法で鍋に水をため、ラーナはどこかへと走り出した。

 5分後

 ブクブク、ブクブク……

 ラーナの肩にリリが乗る形で鍋を覗き込む二人。

「お湯、湧いてきたわね」
「本当に食べられるの? コレ?」

 この段階になってもまだ信じられないラーナは、革鎧の破片をつまみあげる

「むしろわたしから見たら、ラーナさんの焚き火をつける手際のほうが信じられなかったわよ?」
「どこが?」
「どこが? って、いやっ、だって……」

 ラーナは、倒れていたとは信じられない物凄い速さで、この砂漠から薪代わりの乾燥したサボテンらしきものを集めめた。

(魔法が弱すぎる、鍋を一杯にするだけでめちゃめちゃ時間かかるんですけどー)

 そんな事を考えるリリの横、ラーナが火種の元になる綿を鞄から出し、火打ち石を一回ガチッと叩く、するともう火がついていた。
 リリが水をためる鍋の中は、まだ半分にすら届いていない。

「あれは速過ぎでしょ!?」
「慣れだよ、慣れ」
「そんなもん?」
「そんなもん!」
「いいわ、じゃあ作ろっか」
「はーい」

(さぁーて、料理を始めるかー。まったく異世界感はないけど……)

 心の中でコックの姿をしたリリが、腰にサロンを巻きコック帽を被る。


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