13話、ロック鳥(2)
カルラオアシスの正門から少し離れた岩場。
間もなく日が落ちるであろう夕焼けの中で焚き火を囲む四人は、それぞれがサンドワームを齧り好き好きにエールやワインを呑み、談笑をしていた。
すると急にラーナが脈略もなく突拍子もないことを言う。
「雨の匂いがする」
(この感じ久しぶりだなぁ、ここは雨が降らないからなぁ)
サンドワームを齧りながら空を見上げるラーナは、そのままソフィアの方を真っ直ぐ見た、それを聞いていたソフィアは珍しく慌てた様子で聞き返す。
「っそ、それは本当かい?」
「うん」
「ラーナちゃん、オアシスの水の匂いと勘違いしてるんじゃあないのかいっ?」
「信じなくてもいい、ただこの荒原じゃ始めての匂い」
「はじめて……」
「雨が降る、それに海の匂いもする」
(まぁハイ・オークの言う事なんか普通は信じないか……)
ラーナはそう思いながらも、取り敢えず感じたことをそのままに口に出した。
隠す必要もなければ、嘘をつく必要もない。
「雨と海の匂いか……嬢ちゃんのその勘はどこまで信じられるんだ?」
ソフィアの横で、樽から直接ジョッキでエールを掬うアンは、中身をグッと飲み干すと、樽にジョッキを投げ込み聞いた。
傍から見ると絡んでいるようにしか見えない口振りだ。
(どこまで? どこまでってそんな曖昧な……まぁ事実だけ言えばいいか)
アンの態度に臆することもなく、ラーナは鼻を指差し説明をする。
「ボクの鼻は特別製、毒も嗅ぎ分けられるように訓練もしたし、今まで食べられるかどうか間違えたことはない」
「ってぇと、犬人族並みって事か?」
「さぁ? 比べたことがないから」
「なるほどな」
「どれぐらい信用するかは、アンに任せる」
「そうか、それは……忙しくなるな」
少しだけ深刻そうにアンは呟いた。
そこにサンドワームを咥えたイヴァが明るく聞く。
「なんじゃ、なんじゃ、雨乞いでもするのかや? それなら壮大な大自然の恵みに感謝する祭りとかせんのか? するなら見てみたいのぉ、自分の村の祭りしか妾は知らんでなぁ」
「んなわけ無いだろ? 空気を読め空気を! これだから妖精族は……」
「アンそれは違う、妖精族だからじゃない。空気が読めないのはイヴァだから」
(リリはポンコツだけど、空気は読めるし気も使えるから)
イヴァのフォローにはなってないが、ラーナに指摘をされたアンは、熱くなった頭を冷やすために、ゆっくりフゥーと息を吐き、心を落ち着けてからイヴァに向かって謝る。
「悪かったイヴァ、ついつい熱くなっちまった」
「気にせんで良い、妾は懐が広いからな、大抵のことは気がつかんし、気にもならん」
「そうか、悪かったな」
イヴァは手に持ったサンドワームを大きな口を開け頬張る。
「ラーナこのサンドワーム焼き加減最高じゃな!」
イヴァは手をひらひらと振りアンに返事をした。
(やっぱりイヴァは空気が読めない、しかもたいぶ変人だなぁ)
本当に気にも止めてない様子のイヴァに、ラーナは呆れてしまった。
「イヴァちゃんはバカなのか、それとも器が大きいのか、不思議な性格をしてるねー」
「イヴァもソフィーには言われたくないだろうよ」
(ボクもそう思う、イヴァも変わってるけどソフィアはもっと変わってるよ?)
会話を聞くだけだったラーナだが、少しだけ気になることがあった。
「アンはなんでそんなに苛立ってるの? ボクにはなんだか、らしくないように見えるけど」
ラーナはアンの核心を突くであろう質問を投げかけた。
「あぁ嬢ちゃんそれはな……雨のせいなんだ」
「雨の?」
「このサウエム荒原は数年に一度、多いときには年に一度ほど雨が降る、樽をひっくり返したような大雨が何日間か降るんだ」
ソフィアはうんうんと頷き、ラーナは真剣に話を聞いていた。
しかし、イヴァは目の前のサンドワームに夢中で恐らく聞いてない。
「それで?」
「まぁ、それ自体は良いんだ。オアシスも潤うしな」
「じゃあ雨が降るのは良いことじゃないの?」
「大抵の場合はあたし達にとっては良くないことが起こるのさ」
「何が起きるの?」
「普段は水がないからって休んでいたモンスター共が、急に行動を始め出すんだよ」
「ふーん」
深刻に話すアンに、ラーナはいつもと変わらないテンションで答える。
(狩りはし放題だし喉が渇くことも無い、良いことじゃん、あえては言わないけど)
そんな思惑もあったが、流石に口に出すことはしなかった。
しかし、アンの方からさらに声を掛けられた。
「おいおい、反応が薄いな」
「だって、それぐらいなら問題ないじゃん」
素直に答えるラーナに、ソフィアが割り込み話しをし始めた。
「ラーナちゃんは強いからそうかもねっ! ただ私達にとっては大問題なんだよなぁこれが」
「弱いから? 数日なら街に籠もればいいんじゃないの?」
「そうもいかないのさっ!」
「なんで?」
「前回はサンドワームが数十匹の大群で出てきたし、過去には見渡す限りのデザートフィッシュが出て来たこともあるんだっ」
「なるほどね、そんなにいると入り込む奴が出てくるって事ね」
「そういうことさっ、自衛する手段のない者には、まさに地獄のような光景ってわけだねっ」
「サ、サンドワームの大群じゃと?」
横で興味なさそうに聞いていたイヴァだったが、急に身震いした。
サンドワームの大群を想像したのだろう。
四人の間で沈黙が流れた、しかしラーナだけは別のことを考えていた。
(最初のあれ、トラウマになってたんだ)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?