16話、デザートプレデター(2)

「くそっジジィ達、しくじりやがったな」

ギルドでのやり取りを思い出し、アンはボヤくと馬車に飛びついてきたデザートプレデターをけん制し、オリャ! っと声を上げ大盾を大きく振り回す。
 ガゴンッと鈍い大きな音を立て、デザートプレデターは後方へと弾き飛ばされた。

「アン様、見事です」

横に控えていたクリスタはすぐさまナイフを投げる、それは見事に首元へと刺さる。
 しかしデザートプレデターは何事もなかったかのように着地をし、また馬車を追いかけ出した。

「アレ……刺さってるわよね?」

リリは気を使ってかアンの耳元まで近づき聞くと「そうだな」と盾を構えたまま眼光鋭く口を開いた。

「鳴き声一つ挙げずに追いかけてくるなんて、異常じゃない?」
「ソフィーから聞いた話だが、アイツらには痛覚がないらしくてな」
「痛覚がないって……」
「見つけた獲物は死ぬまで止まらず追いかけてくる、まるで親の敵かのようにな」

アンの言葉を聞いて、リリは血の気が引いていくのを感じた。
 アンは追ってくる二頭のデザートプレデターから目を離さないように睨みつけている。

「っ!! そ、それって生物としてどうなのよ!?」

恐怖と驚きから大きな反応をしたリリ。

(というかソフィアはなんでそれを知っているの? 謎すぎるんだけど)

そこに休憩をしていたクラウディアが、話しかける。

「わたくし、デザートプレデターの出てくる物語を読んだことがありますわ」
「物語? 絵本や小説ってこと?」
「正確には伝記ですわね」
「伝記、伝記ねぇ……」
「えぇーっと……どんな内容だったかしら?」

(どうせ大げさな創作じゃないのー?)

「そうですわ! 確かこんな一節がありましたわ」

嘘かと疑っていたが、リリの喉はゴクリと音を鳴らした。

《彼の獣は荒野を静かに闊歩する死神、決して見つかってはいけない。
 本能のおもむくままに殺戮をし、獣の通った道には、心臓のない死体が並ぶ。
 獣は決して止まらず、脚を失おうとも命尽きるまで彷徨い続ける姿は死神》

「この話を読んだ時、眠れなくなったのを覚えていますわ」
「それって絶望じゃない! 死神って!」
「夢物語だと思ってましたが……現実、でしたのね」

クラウディアはその時の記憶を思い出したのか、リリと同じように真っ青な顔をしている。
 リリは怯えたように手を大きく振り、飛び回っていた。
 御者をしていたイヴァは耳のみで話を聞いていたが続くように叫んだ。

「妾達は既に見つかっとるんじゃが? どうするんじゃ!!」
「っそうよ! 何かないの!?」

慌てふためくリリとイヴァ。
 対して体育座りで体を休めていたラーナが静かに冷静に声を上げる。

「クラウディア、聞いてもいい?」
「なんですの?」
「その物語の獣が本当にアイツらだったとして、お話の中ではどうしたの?」
「といいますと?」
「まさか英雄が殺されて終わりって結末じゃないんでしょ?」

ラーナの言葉を聞き、クラウディアは声を詰まらせた。

「……ここだけの話しですわよ?」
「きゅ、急になに?」

周りをチラチラと見ると、珍しくラーナに近づき耳打ちをする。
 少しだけラーナは俯き、表情が強張る。

「本では、お供の騎士が自分を犠牲に動きを止めて、お供ごと首を落として倒したの……」
「ふーん……なるほど、ねぇ」

ラーナはクラウディアの言葉に、いろいろと察したのか、小声で反応をした。
 そのまま黙ってしまった2人に、後方を守るアンが声を張り上げる。

「嬢ちゃんたち、そろそろ代わってもらってもいいか?」
「っえ、えぇ」
「仲睦まじいのもいいが、あたしもクリスタもそろそろ限界だ」

その声を聴き、すぐさま立ち上がったラーナは「わかった」と一言呟くと両手に片手剣を持つ。
 クラウディアの表情もキリッと元に戻り、直ぐに精霊魔法の詠唱を始めた。

「わかりましたわ、直ぐに精霊を呼びますわ」

防衛を交代したアンはドサッと荷台に座り込んだ。

「ふーこりゃしんどいな」

リリも少しでも役に立とうと、精一杯の出来る仕事をしていた。

「はいっ水!」

水を受け取るアンの手は力が入らないのか、それとも恐怖からなのか、受け取る手がプルプルと細かく震えている。
 震える手を必死に押さえつけ、水を勢いよく飲み干したアン。

(アンでも恐怖とか緊張とかするのかなー? 想像できないんだけど……)

「あたしの体力かお嬢様の魔力が尽きたときが、あたし等の死に時かもしれんな……」

リリには、アンが言ったことが冗談ではないことが分かっていた。

(アンはあけすけに話してるけど、実際に今回の要は二人の守りなのよね……)

冗談ならアンはもっとあけっぴろげに言うだろう、深刻に話すアン自体珍しい。
 だからこそリリは明るく声を張り上げた。

「そんなこと言わないで! きっとなにか手があるはずよ!」
「あぁ……」
「何もしてないわたしが言うのも何だけど、なんとかなるわ! 大丈夫よ!!」
「あぁ、そうだな」

そう言いながらもリリはこの時ほど自分の不甲斐なさを悔やんだことはない。
 ラーナやクリスタのように前線に立つこともできず、アンやクラウディアのように皆を守ることもできない。
 いくら体格的には厳しくも、リリはクラウディアやイヴァの様に、魔法で後方支援や馬車の御者など役立つことができていない。

「でも……ごめん」

していることは水を出して渡す、それも飲んだ人が魔力を回復するとかそんな効果もないただの水を革袋に詰めるだけ。
 戦闘が始まってからあれこれ考えたが、リリに出来ることは、その一つしか思いつかなかった。

(わたしは今までたくさん助けてもらったのに、恩返しどころか足を引っ張ることしかできないなんて……)

悔しそうなリリに気づいたアンは、おもむろに手甲を外すと、指で頭を撫でる。

「そうか、悔しいのか?」
「当り前じゃない!」
「リリ嬢ちゃんなら、なんとかできるかもしれんな……」
「なんとかって?」
「あたし達が生き残るには、どうしたらいいと思う?」

リリは即答で答える。

「奴らを倒す!」
「理想的だな、だがそれは現実的じゃあない」
「それは、そう……よね」
「他には何があると思う?」

さらに質問を続けるアンの表情は先程までと違い、いつも通り柔らかくなっていた。
 リリはまたも即答で答えた。

「逃げ切る!」
「馬車を引いていなくても、ラクダじゃ奴等より遅い、それも厳しいな」

(アンの言うことは、ごもっともなんだよなぁ)

先程までは安直に答えていたリリだったが、改めてじっくりと考える。

「う~ん……」

頬杖を突き考え込むリリだったが、答えは出ない。
 そこにアンが提案をした。

「助っ人を呼ぶのはどうだい?」
「助っ人? そんな人いるの?」

(このモンスターしかいない、ラーナですら餓死しかけた不毛な荒原に?)

「あぁ、嬢ちゃんは知らないと思うが、あたしらが嬢ちゃんを助けに向かうのと同じタイミングで、ギルドから討伐隊が出てるんだ」
「手配してくれてたの?」
「それはたまたまだな」

アンの言葉に、リリは興奮気味に聞き返す。

「っえ?! じゃあその人たちはラーナより強いの?」
「さすがにそれはどうだろうな? 少なからずアタシよりかわ全員強いと思うが……」
「充分すぎるじゃない!」
「だから出会えればだが、この絶望的な状況でもなんとかなるかもしれん」

(確かに……)

「むしろそれしか生き延びるすべは無い、問題は……」
「見つけて貰えるかってことね!」

リリはまたも即答で答えたが、今回は今までよりも自信があった。

「そうだ! そしてそれは運次第だが、嬢ちゃんなら」
「探しに行けるってことね?」

(そうよわたしには羽根と、人よりも遠くまで見通せる目がある、まだやれることがある!)

決心した様な表情のリリを見て、アンは安心と同時に一抹の不安も覚えた。

「この危険な荒原を、嬢ちゃん一人で行くことになる……」
「一人……」
「断ってもいいぞ、嬢ちゃん一人じゃ死にに行くような物だ」

アンはリリの実力、荒原のモンスターの脅威、その両方が分かっている。
 だからこその複雑なのだが、声色自体は優しい。

「まっかせなさい! すぐに見つけて連れてくるわ!」

ピースサインを出し、明るく言ったリリだが、内心は不安でいっぱいだった。
 しかし今すぐにでも馬車を出る必要がある、だから自分を奮い立たせるように頬を叩き、大きく背伸びをして身体と羽根を伸ばす。

「これを持ってきな、耳のない熊のベルンに渡しな」

リリの覚悟を受け取り、アンはブチっとネックレスを引き千切るとリリに投げた。

「おっとっと、これは……アミュレット? 大事なものじゃないの?」

自分より少しだけ小さなアミュレットを慌てて捕まえたリリは、アンに聞いた。

「ロック鳥対策で持ってきてたやつなんだが、どうせデザートプレデターには使えんからな」
「なんで?」
「風を軽減するアミュレットだからな」
「そうなのね」
「だから今回は目印に使ってくれ、見せればアタシと関係があるって気づくだろうよ」
「わかったわ」

リリはアミュレットをしっかりと抱え直し、御者をしているイヴァの横を通り過ぎる。
 イヴァがすれ違いざまに呟くのが聞こえた。

「妾の命は預けたぞ」

リリにはそう聞こえたので、一瞬振り返ろうかと悩んだが、イヴァの声色から振り返ってはいけないと感じて振り返ることを止めた。
 なぜか零れる涙を拭い、精一杯上空へと昇っていった。

「行ったか……さて、もうひと足掻き、しようじゃないか!!」

その背中を見届けたアンは、紐だけになったネックレスを首に巻きなおす。
 手甲を付け大盾を持ち上げ、気合を入れ直した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?