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私が調理パートをあまりお勧めしない理由

突然仕事の話になるが、私は子供を出産した二年後に、小学校の給食調理のパートを通算8年やっていた。そのあとは保育園の調理補助を3年、その後の1年は何を血迷ったか保育園の保育補助を数ヶ月し、スーパーの惣菜調理もやっていた。途中で劇短のリゾバイやイベントバイトもしてきた。

自分がお世話になった職場をおおいにディスるのも心苦しいのだが、これまで色々な職場を経験してきて思う。小学校の給食調理補助の仕事は全く普通の人にはお勧めできない職場であると。

勤務時間帯が9時から15時くらいまでと、家事と育児と仕事を両立させる主婦にはそこが有難いが、メリットを上げるならそこだけだと思う。あとは小学生の食べている給食が昼食として食べられるのはいいが、そこまで食に興味が無い私には途中で給食に飽きていたし、一日150円を払って食べたいとも思わなくなった。(給食好きな人にはそこがメリットとも言えるが。)
昼食を食べる場所も狭い休憩室。当時は職場の皆が顔合わせて食べていたので人見知りな私には向かなかった。味覚障害か、というくらい緊張して食べた味があまり思い出せない。休憩なのに気が休まらなかった。

そして現在、私がその職をを離れて気付いたデメリットは、同じパートや社員の人たちがマトモでないことだった。
仕事のできるあるパートのおばさんは、仕事ができることで皆をコントロールしたいようだった。勤務一日目の私に強く「あっちいって!」と作業している私を退くように怒鳴る。私がやるべき作業していなかったと勝手に勘違いして私をねちねち怒り、威圧的な態度を取る。数をわざと間違えて相手がその間違いに気付くのか、気に入らない社員に試していることもあった。
別の小学校で働いていたパートのおじさんも、入社したばかりのパートにはきつく、社員には文句を言わずただ従うといった典型的なパワハラを行っていた。作業自体を知っていない人に対して「こうやってやるんだよ!」と強い口調で怒る。さも「新人が邪魔だ。」といわんばかりの態度だったが、数少ない男手として、おじさんは社員には重宝され、「あの人はああいう人だから。」で周りの人もその存在を許していた。

給食の仕事に入ったばかりの私ははじめ2年くらいは「これが社会というものなのか…。」とその中でも必死にやってきていた。
しかし周りがそんな人達を許すはずもなく、上記2名は出会って1年以内に異動にはなっていたが。

そんな分かりやすいパワハラ中年から、今度は一緒に働いていた同期のおばさんや、信頼していたはずのおばさんまで、新入社員や新入パートが入る度に、いびりや不審の目を露骨に向ける人に変わることもある。自分のムラ(職場)を守りたい一心で、「新人いびりメタモルフォーゼ中年」に変化するのを何度か私は見た。
なぜその猜疑心でしか人を見られなくなるのか不思議でしかないが、給食室にはその魔力(?)があるらしい。上記の方々も社員から注意を受けてはいたが、メタモルフォーゼ中年は集団になりやすいので、いびりはなかなか消えなかった。注意する社員の存在も、中年パートより年下なことが多く、年齢の差でまともに意見を受け入れないことが多い。社員も仕事に集中したい職人気質が多いので、そこまでパートの面倒を見られる器の広い人も残念ながら揃ってはいない。

絶対的に管理できる人がいない職場は、パワハラ気質、新人いびりが横行する無法地帯だが、人出不足の問題もあり、仕事ができれば素行が悪くとも許されてしまう。そんな治安の悪い地帯にマトモに育ってきた主婦が続けられないとは思う。やるとしたら、何かしらの警察(社員)を味方をつけて続けていくほか無い。

なぜ私がそんな無法地帯で続けられたか。奇跡的にも私には「すべての作業を瞬間的に早くする」能力があり、周りには尊敬されていたからである。せっかちで仕事の覚えが早い私は、努力して一つ一つの作業を早くすることができ、そこそこできるパートとして活躍していた。

しかし、別の職場に移るとまた立場が逆転してまともじゃない人に出会う。

別の小学校では「自称ベテランおばさん」がいた。仕事はできるし、新人にしっかり教えてはくれたが、自分の思うとおりに新人が動かないと怒鳴ってくる人であった。結果が同じであっても、自分の教えたやり方で動かないと効率が悪いと言ってイライラをあちこちにぶつけていた。基本は「皆分かってない」と、社員含め周りを見下していたので、人がどう動いているのかを常に監視して注意していた。

私はその環境が嫌過ぎて、「もう二度と学校給食には関わらない。」と誓った。全ての現場を皆でやるのはいいが、皆でやることで監視と抑圧が過ぎるので自分には合わないと悟る。
調理補助なんて誰でもできそうな作業ばかりなのだが、多数の人が関わるだけで同じ作業でもマウンティングする人とされる人に分かれる。なんだこれ?
誰がいつ敵になるかも分からない緊張感と常に隣り合わせの環境にいたせいもあって、転職した時は、私には変な思い込み癖がついたことも自覚した。気付いたら「あの人はどんな嫌な人かわからないから警戒しておこう。」と職場への人間不信になっている自分がいた。必死にやった仕事がどんなにできる自信があっても、周りの人からの注意が全て攻撃にしか見えなくなったのである。

給食をお勧めしないポイントは人間関係が主としてあるのだが、他にも肉体的な面でデメリットが多い。
エアコンが効いても夏は暑く、汗だく。熱中症になりやすく、冬場は寒い。かといって午後の洗浄はたくさん動くので冬でも汗だく。そして午後洗浄では長靴を履いてはいけない、ゴムエプロンをしてはいけないお役所ルールがあり、ぺらぺらのビニールエプロンで頭から足の先まで全身びしょびしょになって作業をしなくてはならない、という時代錯誤も甚だしい劣悪環境が毎日待ち受けている。小学校給食の衛生的な決まりがあってのことなのだが、なぜ下着を濡らしてまで令和の時代に低賃金で働かなくてはならないのか、とびっくりした。(なんとなくその風景が昔の社会科の教科書に載っていた「産業革命下の劣悪環境で床を磨く少年」の絵を思い出させた。そこまで人権を捨ててこの作業をしなくてはならない意味がさっぱり分からなかった。これに関してはいくらでも文句が言える。)

あとは多くの人が抱える足腰の問題。誰もがそうであろうが、毎日腰や足が痛かった。私は全てにおいて全力でやってしまうところがあり、仕事の後は家事ができないくらい疲れていた。30代前半の時代はまだしも、後半になると体がより疲れやすくなり、家のための仕事だったはずなのに、いつしか家のことも満足にできないくらい毎日疲弊していた。

これまでのメリットデメリットから、私が小学校給食の調理補助をお勧めできない。続けられていたのは「子供を保育園から退園させたくない。」というやんごとなき理由があったからで、単に働きたいだとか収入を得たいという理由があるならば、まともな方々には別の仕事をお勧めしたい。

と、社員でもない私が偉そうに書いたが、こんな劣悪環境でも仲間として共に働き、他の職場にはない絆を深められた同僚や社員は今でも食事や飲みで会ってはいる。年齢は皆違えど、何にも言い難い濃い人間関係を築けたのは感謝している。
そんな環境が悪かった中でも唯一のまともな人は数名はいるはずなので、その奇跡に頼って挑戦してもいいかもとは思う。

気が向いたら「みんなおいでよ、給食ワンダーランドへ!」ということで。


他の仕事についてもまた書きたい。

※最初の絵は子供が昔書いたラーメンの家でした。





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