見出し画像

私小説が好き

多感な中学生時代

思春期、何もかにもが悲しく見え、毎日涙を流していた。理由があったのか、なかったのか、当時は訳も分からず泣いていた。
自分の身体や心の変化が疎ましく、イライラした。情緒も不安定で、自分自身に嫌悪感を抱いた。毎日々々をただひたすら耐えて暮らした。
今では分かっている。理由は性別違和だったのだ。
今くらいの季節だったと思う。虐められ始めた。チビで痩せっぽっちでメソメソ直ぐに泣くので、標的になってしまったのだ。性別違和は本人より同級生が見抜いていた様に思う。

芸術が拠り所になった

ちょうどその頃、わたしは、太宰治とグスタフ・マーラーに出会った。マーラーは19世紀生まれの作曲家で、大規模な交響曲を残してくれた。太宰治は、皆さん良くご存じだと思うが、わたしは「斜陽」と「列車」、「お伽草子」がお気に入りだった。
国籍もジャンルも違うふたりだが、どちらも私小説的で作風は良く似てる。読み手や聞き手の好き嫌いが分かれるのも同じだ。
わたしにとっては、大切なふたりで、辛かった毎日を癒してくれた。マーラーを聴きながら太宰を読む。で、やっぱり泣く。

その後の人生を決めた

そのふたり以外の芸術家も次々に好きなった。自分でも表現したくて、親に無理を言って、絵画や書道の教室に通った。ピアノも習いたかったが、流石に許されなかった。今でも悔やんでいる。それはまた別の話。
アインシュタインの「方程式は神の言葉だ」とか「神様はサイコロを振らない」との言葉に惹かれた。物理学の書物を哲学書のつもりで読んだ。
思春期真っ盛りの芸術かぶれが出来上がってしまった。さらにタチが悪い事にそれが今でも続いている様だ。

わたしは、表現者として生きる事に決めたのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?