汽車旅行
■ 感想
1941年(昭和16)に刊行された鉄道漫画の名作「汽車旅行」。父子が東京から京都へと向かう道中の景色や話のひとつひとつがしみじみと幸せで、この旅が終わらなければいいのにと子供に戻ったような気持ちで満たされる。
窓から見えた高輪の泉岳寺に赤穂浪士や浅野内匠頭の話となり、昔の人がどこまでも遠く歩き、馬や駕籠で移動した歴史に想いを馳せたり、乗り合った人の中にはベレー帽をかぶった巨匠を思わせる漫画制作に携わる人も登場し、小松左京さんはこの漫画でアニメ制作の過程を知ったと云う。
鉄道が開通する為に大切なトンネルの話も多く、トンネル工事の大変や、開通したことでどれ程便利になったか、どう進化してきたかを絵で直感的に知ることができる構成になっていることにも感動した。三保の松原では「天女伝説」の話となり、羽衣の話をしてとねだる子供の為に伝説が作中作として挿入され、浜松では「日吉丸」の話も登場する。
流れる景色に触発されて話が弾む親子の輪に入れてもらい一緒に素敵な旅をしたような、ゆったりと幸せな時間に心が癒された。汽車の中での一期一会の出会いの温かさやスマホや写真では味わえない幸福は、手放してはいけない豊かさだと郷愁にも似た思いに包まれる。
当時紙が配給制だった為、ページ数が減ったことで京都まで描かれるはずの旅は残念ながら名古屋で終わっている。もう続きが読めないことがとても悔しいけれど、その続きはそれぞれの読者が自ら鉄道旅に出ることで、時間を越えて続きを探してほしいという作者からのプレゼントなのかもしれない。
■ 漂流図書
■阿房列車の車輪の音 | 内田百閒
車窓に流れる景色の魅力がしみじみと伝わる阿房列車シリーズの愛おしさ。
不機嫌と愛嬌の狭間で沢山の人に愛された百閒先生の新しい全集欲しいなあ。