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ショートショート031『最後の友達』

31冊のカオルさんの本棚を盗み見て、私が抱いた感想は
「それで?」
だった。

「わかりませんか?」

タブレットが聞いてくる。
「わからないよ。ここから何を読み取って、カオルさんがどうなったのか知ればいいんだ?」

「.......」

なんだその沈黙は?
また「ログインしてください」とか言うんじゃないだろうな?
そう思いながら、私はなん気なしにもう一度、電子書籍の本棚をフリックする。
次々に横へ送って行きながら、あ、と思う。
「全くわからないわけじゃないな。ときどき、小さな小説にカオルさんが出てくる」
私は、そのタイトルを上げた。

『ビブリオマンシー』
『それは世界に3人だけのマスターズ・ブレンド(2杯目)』
『もう一度ログイン』
『ラッキー・ライラック』

まさか、タイトルを縦読みすると答えが!?
「び・そ・も・ら」

「違います」

食い気味に否定された。
どうやら私の考えに勘づいたようだ。
タブレットのくせに、生意気な!
と、怒りに見せかけた恥ずかしさで、かーっと顔が赤くなる。

「これは全てカオルさんの実体験なのです」

「なんだって?」
私はタブレットを持ち上げた。
「そりゃどういうことだ?」

「カオルさんはわたしが取り込みました」

「はぁ?」
なにを馬鹿なことをと思いながらタブレットを見ると、ダウンロード本一覧が32冊になっていた。
おかしい。1冊増えている……。

タブレットは、本棚からでっかい文字に画面を切り替えた。

「自分のタブレットに日がな一日、仕事どころか食事すらせずに物語を書き付けていました。そんなにお好きならと思い、わたしはカオルさんをこちらの世界に取り込みました。わたしの中で、今も物語を紡いでいます」

私はブルっと震えて、タブレットから手を離した。
カタンと鳴って、テーブルに落ちる。

私とカオルさんは、共通の習い事で出会った。
それは、とある出版社のイベント「AIでシナリオライター講座」だった。
私は昔、数本だけテレビドラマを書いたことがある。
プロとして独立するには至らず、全く違う仕事に就いた。
しかし、数十年経っても、さまざまな物語が浮かび続け、頭から消えないことに気づいた。
そんなときに、ネットでこの月イチ全12回の講座を見つけて、応募したのだ。
今どきの書き方を習いたかった。

講座の初回で、独自のシステムを使うので、PCかタブレットの方が書きやすいと聞いた。
私はスマホしか持っておらず、はてと困っていたところに、隣の席の美しい人が2つ持っているからどうぞと貸してくれたのだ。
それがカオルさんだった。
年若く、私と20ほど離れていた。

カオルさんも物語を書くのが好きで、子供の頃からの夢は作家になること。
一人暮らしをできる程度には仕事をしているけれど、その仕事中に物語を考えてしまうことが多く、よく上司から怒られたりしたらしい。
もうこれはしっかり書き方を学んで、どこかに発表しようと思ったようだ。
そんな話をタブレットのチャットアプリでしては、日々の楽しみになっていた。
この年になってできた、最後の友達だろう。

しかし、カオルさんは例の流行り病にかかり、来校することができなくなった。
療養後はオンラインで講座を受けていたが、その数ヶ月後、オンラインにも出なくなった。
私がタブレットで連絡を取っても、既読にならなくなった。
後遺症が酷いのかもと、仲間で噂しあった。

「その頃、カオルさんはわたしに取り込まれていました。カオルさんが望んだことです」

私はタブレットに前のめりになって強く言った。
「そんなはずはない! カオルさんは自分の本を出すことを一番に望んでいたはずだ」

「だから、電子書籍で出したのです。31篇の物語を。……あぁ、32篇になりましたね」

「違う。『未来からの種』のラストで、”未来への警鐘の意味もこめて、この種のことを次回作にしようと思う。”と書いている。紙と鉛筆によるアナログな手書きが減っていることを嘆いている人の考え方だ。電書で満足する人がそんな書き方をするはずがない」

もう一つ、カオルさんが自ら望んでそちらへ行ったのではないと確信している出来事がある。
それは、こんなチャットでのやり取りだった。
『自費出版でも、ISBNを取得して、国立国会図書館に納本することができるんだって。さっきネットで見たんだ。』
『そうなんですか!? わたしもそれ、やりたいです! それを目標にします!』
本を出すことを夢見る人なら、国立国会図書館に自分の本が並ぶことは憧れの一つだ。
それを目標にすると宣言した人が、タブレットの言うようなことになるだろうか?

私は意を決して、タブレットに向き合った。
「どうしたらカオルさんを返してくれるんだ」
数秒後、画面に大文字が流れた。

「ここから先は、あなたが物語を書き続けてください。そうですね、100篇くらいになったら、戻るヒントを教えましょう。それまでわたしの電源が入ると良いですけどね」

タブレットがにやりと笑った気がして、ゾッとした。
そうだ、私はこのポンコツタブレットを売ろうとしていたのだ。
電源すら入らなくなる日が近いのかもしれない。
私はうなりながら言った。
「わかった、100篇まで書いてやる。最後まで読めるように、しっかり充電しておけ」

私は新たな33篇目を書くべく、ノートとペンを手に取った。

<了>

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