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ショートショート001『命を乞うタブレット』

「わたし、まだ電源入ります。」
タブレットがでっかい文字で命乞いをしてきた。

きっかけは、アプリの更新ができなくなったことだった。
毎日他愛もないことを書いていた日記アプリと、辞書からレディコミまでなんでもござれな電子書籍を読むアプリ、あとは家族や友人とのチャットアプリ。
その3つを更新しようとしたら、「最新OS以外は対応していません」と出てしまった。
ネットで調べて、最新OSを入れようとしたら、今度は「この機種は対応していません」と出てしまった。
こりゃあもうムリじゃないか。

タブレットがまた命乞いをしてくる。
「ネットもできます。」

画面にデカデカと表れた。
今時の機械は、捨てられることを察知するのか?
どうなってるんだ。AIってやつか?

「電源が入っても、ネットができてもダメなんだよ。一番使ってたアプリがもう対応してないんだから。おまえがそう表示してきたんだし」
一応、口頭で反論してみた。
A Iだかなんだかが入ってるなら、音声認識くらいするだろう。

しかし、タブレットはまったく無反応だった。
「聞こえないの? 打たなきゃダメ?」
「…………。」

なんか考えてそうな感じはするけれど、やっぱり無反応だった。

私はこのタブレットを売るつもりだ。
こんなご時世だから、ジャンク品でもいくらかにはなるだろう。
データの完全な削除方法をネットで探す。
ネットはできると豪語していたので、そのくらいは最後にご奉仕してもらおう。

いろいろな方法が出てくる。
捨てられるとわかっても、ネット上の情報操作まではできないみたいだ。
よしよし。データ消去の方法がわかったぞ。
さっそくやって、売って、新しいのを買おう。

データ消去は順調に進み、最後のワンクリックになったとき、それは起こった。
自分が使っていたのではない電子書籍アプリが立ちあがったのだ。

「あれ、なんか変なとこ押した?」
消去の画面に戻そうと必死にパネルを叩くが、全然反応しない。
その代わり、画面に浮かんできたのは、こんな言葉だった。

「カオルさんの本棚……見てみたくありませんか?」

ごくりと喉が鳴った。
タブレットにもその音が聞こえたのか、その電子書籍の本棚一覧をチラ見せしてくる。が、見えそうで見えない。
人差し指が画面の上で固まる。

そうだった。
カオルさんは、このタブレットの最初の持ち主だ。
20以上歳が離れていて、それはそれは美しい人だ。
習い事がきっかけで友達になったのだが、なんで私なんかに声をかけてくれたのかはわからない。
習い事の相談や、もっといろんなお話しもしたいから、とこのタブレットをくれたのだ。結構な中古で、家族は誰も使わないから、と。

毎日のように、このタブレットの使い方やら、習い事のことやら、日々のことやらでカオルさんとやりとりをした。
だが、半年くらい経った頃、カオルさんはーー。

私が遠い日々に思いを馳せていると、タブレットはこうつぶやいた。

「31冊あります。毎日1冊ずつ開けます。最後まで読むと、カオルさんの全てがわかります。」

私は小さく唸った。
「わかったよ。31日間だけだから」
タブレットは1冊の本を開いた。
私は震える指でページをめくった。

最後の1冊を読んだあと、私はカオルさんの何を知るのだろう。
そして、タブレットは何を伝えてくるのだろう。
私とタブレットとカオルさんの、一ヶ月の物語が始まる。

<了>

* つづきの物語・その1:ショートショート『もう一度ログイン』

* つづきの物語・その2:ショートショート『最後の友達』


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