見出し画像

ショートショート004『記憶を消せる列車』

ひと駅着くごとに、1つずつ記憶が消える列車があるという。その区間は8駅。
人生をリセットしたくて切符を買った。
黒くくすんだ木の床。
雨跡が残る窓ガラス。
小旅行の気分で、僕は8つの記憶を消す。
キミとの思い出は、9つ目だといい。

ひと駅着くごとに、1つずつ記憶が消える列車があるという。その区間は8駅。
待って待って、まだ出発しないで。8個リストアップするから。
最初はね、去年1年間の思い出を消して。
楽しかった記憶は、これからの私をツラくするから。

ひと駅着くごとに、1つずつ記憶が消える列車があるという。その区間は8駅。
窓の外は真っ暗で、ぽつんと座る僕の姿が映っている。
でも、僕の目には、キミとの思い出が駆け巡る。
吉野の桜と微笑むキミ、波照間ブルーをなめらかに泳ぐキミ、真っ赤なコキアを丸く撫でるキミ、羽毛布団の中で寝たふりを決めこむキミ。
こんなに風景は思い出せるのに、もう思い出せないみたいだ……キミの顔が。

ひと駅着くごとに、1つずつ記憶が消える列車があるという。その区間は8駅。
リストアップは、やめた。
8つもいらないって気づいたの。
あなたがいたという記憶が消えれば、それでいい。

ひと駅着くごとに、1つずつ記憶が消える列車があるという。その区間は8駅。
でも、そんなにいらないかな。
僕は僕という存在が忘れられれば、それでいい。

ひと駅着くごとに、1つずつ記憶が消える列車があるという。その区間は8駅。
やっぱり私、これには乗らない。本当にやりたいことを思い出したの。
古びた床を蹴って、列車を降りる。
あ、最後の車両に誰か乗ってる。ポツンと、男性がひとり。
私はそれを一生忘れないと思いながら、鮮やかな広告が溢れる電車に乗り換えた。

<了>

この記事が参加している募集

#やってみた

37,166件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?