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ショートショート019『もう一度ログイン』

「なあ」
うんとも言わない。
「おい」
すんとも言わない。
「ジャンクで売るぞー」
「まだ残り11話あります。」
命乞いをしたタブレットが、やっと反応した。
画面にでっかい文字が浮かぶ。
まだ諦めていない様子だった。

このタブレットは、私が憧れた20歳以上年下の美しい人・カオルさんのものだ。
習い事がきっかけで仲良くなり、タブレットまでもらった。
ここ最近は、習い事にも来ず、LINEが1件だけ。

ーータブレットはお好きに使ってください。処分しても構いません。

その直後から、タブレットはアプリの更新ができなくなった。
素敵な人からのプレゼントではあるけれど、使えないのでは持っていても仕方ない。私は元来、執着心が薄い方なのだ。
だから、この古いタブレットをジャンク品で売るつもりだった。
しかし、タブレットは命乞いしてきたのだ、カオルさんの31冊の本棚を見てみないか、と。
本好きな私には、人の本棚というのは見てはいけない、なんとも甘美なイメージがある。それに逆らうことができようか。
否、できるわけがない。

「ここまで19話読んだよ。ほっこりって言うの? いい話系のもあれば、なんか笑い話みたいなのもあったし、ホラーみたいなのもあったし」
私はここまで、タブレットが一日一本ずつ画面に表示して来た短い物語を唸りながら思い出す。
「そういえばさあ、カオルさんの名前が出てくる物語もあったな。でも、どれも少し怖いというか、不思議な……なぁ、タブレット」
私は話しかけた。名前がないので、とりあえずタブレットと呼ぶ。
「はい」
お、返事した。
「なんで物語にカオルさんの名前が出てくるんだ?」
「そういう……物語もあります」
全然、返事になってないし、なんだその間は。
「しかも、カオルさんの名前が出てくる物語は不思議な感じがするんだが」
「そういう……物語もあります」
また返事になってない。
「性別が入れ替わったりする物語とか」
「そういう……物語もあります」
「それしか言えないなら、やっぱりジャンクでーー」
「あと11話あります」
ふー。私はタブレットに向かって大きくため息をついた。
画面がさっと曇る。
息が臭い、と言われているような気がして、少々カチンと来る。
私は顔を顰めながら、わかったよ、と呟いた。
「あと11話、読むよ」
「では、もう一度ログインしてください」
はい? ログインしてるから今、タブレットと会話できてるんだろ?
「先ほど電源が落ちましたので、再起動しました。カオルさんの電子書籍アプリにもう一度ログインしてください」
「えぇ? いつ電源なんか落ちたんだよ」
「あなたがカオルさんのことを思い出している間です」
…………。
今度は私の方の電源が落ちかけた。
「だから好きじゃないんだよ、ハイテク機器はー!」

<了>

物語の始まりはこちら……


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