正規・非正規という認知バイアスに疑問を持て。▶︎『倒産続きの彼女』読書感想エッセイ
『倒産続きの彼女』新川帆立 /宝島社文庫
読書期間:2023.03.13〜04.06
\ あらすじなどはコチラ /
お久しぶりのミステリー!
心身がやっと読める状態になったので、新川さんの作品なら重たくならず、ちょっとコメディ的なところもありつつ読めるかなと思って選びました。
が。
いろいろと身につまされるストーリーでした。あわわ
ひとつは、今作の主人公・美馬玉子の思考回路。
家族とお金に苦労し、見た目も頭脳も飛び抜けることなく、めちゃめちゃ努力をして手に入れた「普通の容姿」と「弁護士」という仕事。
前作『元彼の遺言状』では、超絶美人で頭脳明晰な女王様気質弁護士・剣持麗子が主人公でしたが、今回は「そうじゃない方」が主人公です。
それゆえに、玉子の感情は屈折しています。
改めて文章を打ってみると、なんとも鬱屈しまくっています。
でも、私はこの部分を読んだときに、「玉子すごくないか!?」と思ったのです。
誰しも上から目線でなにかされたら、怒りが湧いて、それが継続するだろうと思うのですが、彼女はそれを自分を優位に立たせるための材料にしているのです。
さらに玉子は、その麗子の未熟な部分を記憶して、ストックして、思い返しては心の中でマウントを取ります。
卑屈だけど、苦労続きだった彼女には必要な心のあり方なんだと思います。
卑屈な玉子に「すごい」と思ったのは、私が今、そういう部分に直面しているからです。
職場的に地頭の良い人たちが多いのですが、そういう人の中には、自分の脳力を鼻にかける人やできない人を馬鹿にする人がいます。
そんな人たちを目の前にすると、私のような単年で雇われているような非正規は「なんでそういう言い方するんだ?」と思いがちです。(もちろん、鬱屈しない人もいるでしょうけど)
無用なイライラが募るだけで、全然消化できないので、そこでまた不眠につながったりしています。
だから、玉子の考え方を見たとき、「そんな方法があったか!!」と衝撃を受けました。
最近、「シャーデンフロイデ」という言葉を知りました。
「シャーデン=不幸」と「フロイデ=喜び」を合わせたドイツ語の造語で、いわゆる「他人の不幸は蜜の味」という心理状態のことです。
玉子の考え方はもう少しひねくれています(笑)が、自分のモチベーションを上げるために、人から浴びせられた言葉や負の感情をうまいこと自分の糧する、という意味では似通っているなと思いました。
正しい心の持ち方ではないかもしれないけど、それでも必要なときはあると、私は思っています。
(というか、そういう考え方をする人を私は否定したくないんだ)
\ シャーデンフロイデを知ったのはこの番組/
そんな玉子ですが、いやいやながらも剣持麗子とバディを組んで謎を追ううちに、麗子の考え方や裏表のなさに信頼を置くようになっていきます。
そんな玉子は、独自に掴んだ情報の真偽を確かめるため、彼女に本気で頭を下げてお願いします。
力を貸してくれ、と。
玉子にとって単なる生活手段だった弁護士という仕事に「仕事をしたい」「役に立ちたい」というスイッチが入った瞬間でした。
こういうスイッチが入った瞬間て、やっぱりいいですよね。
私は恋愛ものよりもお仕事ものの方が好きなのですが、それは「自分が持つチカラが生きるチカラになる」という部分に共感と羨望を抱くからかもしれません。
自分のチカラで生きていかれるというのは、やっぱり羨ましいのです。
しかもそれが人の役に立つなら、なおさらです。
ところで、この物語を読んで初めて知ったのですが、
「民事再生」と「破産」
は別物なんですね。
どちらも金銭的に立ち行かなくなって……というイメージではあるのですが、
民事再生は会社を残すことが目的
破産はもう打つ手がなくて会社を消滅させることが目的
なんですね。
ニュースで民事再生なんて聞くと「あの会社潰れちゃったのかー」とか思ってましたが、違うのね。
勉強になりました。
・・・・・・ ここからネタバレを含みます ・・・・・・
( 読みたくない方は戻るボタンで回れ右をしてくださいませ )
この物語の根幹は、時代と雇用制度の現状にあると思います。
作中で亡くなった女性の姉も、非正規雇用でした。
就職氷河期という己の力ではどうにもできない時代に取り残されて、妹を育てなければいけない生活の中、非正規だというだけで給料も上がらず、使い倒されて首を切られる。
その生活に耐えられず彼女は亡くなります。
姉のおかげで成人した妹は復讐を決意し、姉の首を切った会社を次々と倒産に追い込んで行きます。
倒産してしまえば、役員も正社員もただの無職になり、仕事探しをせざるを得ません。
能力ではなく、環境や時代やコネで正社員になった人たちは、このご時世に同じ正社員の職に就けるとは思えません。
「職がない」「生活に困る」という体験を初めてすることになるのです。
正直、回りくどいやり方だと思います。
姉を死に追いやった会社を訴えた方が早いと思います。
でも妹がそれをしなかったのは、「同じ目に合わせたい」「雇用制度に一石投じたい」という強く燃える復讐心です。
私は同じ非正規として「潰したい」とまでは思いませんが、時代にも環境にも左右されず、苦労なく正規になった人は
「定年後の再就職時にどこも入れなくて生活に苦戦すればいい」
くらいはよく思います(笑)
今作の主人公・玉子も、その雇用制度に鈍感でした。
正規も非正規もそれぞれの役割があって、非正規は保証がないんだから切られるのは当たり前だと。
制度自体に疑問を感じていませんでした。
それは自分がその立場に立ったことがないから。誰しもそうですね。
私も正規の人たちの気持ちはわかりません。
だけど、この本を読んだ人が、思い込んでいた制度や決まりごとに疑問を持って、そういうことで恨むほど悩んでいる人もいる、ということを知ってもらえると有り難いと思いました。(これが認知バイアスか!)
そして、この話題を異色な経歴を持った若手作家が書いて世に出し、さらに売れているということが嬉しく思います。
前作『元彼の遺言状』を読むまでは、若くて帰国子女でプロ雀士で弁護士で作家なんて、どんなだよと斜めに構えていましたが……面白いです(笑)
仕事で入札関係も関わっているので、公正取引委員会が舞台の『競争の番人』も読んでみたいですね。
またもやとっても長くなりましたが、お読みいただきありがとうございました。
(これからはもう少し短く書けるようにしよう……)
本日も相棒・MacBookAirミッドナイトからお届けしました。
また次のnoteでお逢いできますように。
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