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ホームレスな週末

月から金までしっかり朝から会社に出勤して、
平日の夜でもたまには仕事終わりに映画を見にいって。

土日になればお気に入りのカルティエの時計と指輪をつけて、ジバンシーのカバンを片手にポールスミスのコートを引っ掛けて映画館に出かけ、
ちょっと奮発して買ったモンブランの万年筆で感想をノートに書きつける。

時には夜更かしをして、おつまみを作ってお酒と一緒に1人酒盛りしてみたり。

独り身で少々寂しいところはあるものの、
ささやかで幸せな毎日を送っていた。

私の毎日は幸せでありながら単調だ。

社会人3年目になると仕事で冷や汗を流す回数も1年目と比べると格段に減った。

パッケージ化された1週間を月から金までやり過ごして、これまた変わり映えのしない土日をそれなりに幸せに享受して。

そんなルーティンワークと化した生活を送っている私と反対に、

私が来る日も来る日も眺めるスクリーンの中では、いつも事件が起きて登場人物たちの日常がぶっ壊れるところから物語がはじまる。

生き別れの弟が出てきたり、
ド派手な怪盗と出会って国家レベルの陰謀に巻き込まれたり、
ひょんなことから詐欺組織に侵入してみたり、
クズ男に引っかかって生き方の決断を迫られてみたり、
旅行先で迷子になったり、

そんな姿たちを御伽噺を眺めるような気持ちで、
自分の平凡な毎日を少しでも味付けしたくて必死にチケットを買って通い詰めて見つめていたのだけれど、金曜日の夜そんな私にも事件が巻き起こったのである!

2月24日、金曜日。

私は突如鍵を紛失したのである!!!

家の鍵を!紛失したのである!!!

家の鍵がないということは、当たり前ながら家に入れないということである。

家に入れないということは、家に帰れないということである。

いつもなら金曜日の仕事が終わり家に帰ると、
部屋の中に置いているありったけのブランド品で自分を武装してレイトショーと夜のカフェに繰り出すのだが、そんな優雅なプランは全てぶっ飛んだ。

なんせ、家に入れないのである。

一通り鍵を探しても鍵は出てこなかった。

どんなに頑張っても、鍵は出てこなかった。

仕方がないから、鍵を開ける業者に依頼することにした。

業者のホームページを見ると、
大きな地図が真ん中にあって、私の住む街の支店の状況がオンタイムで更新されていて、
「ただいまのお時間であれば10分以内に到着できます」
とでかでかとかいてあったので、私は

「お?この分だとまあまあ早めに家に入れそうだぞ」

と、喜んでいた。

しかしながら現実はそんなにスウィートなものではなくて、
ウキウキして予約の電話をかけた私に
「ただいまのお時間は2時間待ちになります」と言い放ちやがった。

おいおい、過剰広告というかそういうのに引っかかるぞ。
話が違うじゃねえか。

2時間もこの寒空の下待ってられるかよ。

と、思い電話を切った。

ネットで別の鍵開け業者を検索すると、
驚くべきことにさっきと同じ会社に繋がり同じ女の人が出てきた。

ホームページは全く違う会社名なのに、だ。

それからさらに3社かけてみたが、3社とも全く同じ会社、同じ女の人に繋がった。

女の人の声がどんどん不機嫌になっていくが、
詐称広告をしているのはそっちなのだから私には一切非はない。

そして、5回目にかけた時同じ女が出てきたので見積もりを出させると(出させると、と言いたくなるほどに怒りが溜まっていた)

なんと最低でも2万円というではないか。
それも、一つ2万円。

怖いのは2万円〜というところで上回る前提なのだ。

「おいこら、だったらホームページにわざとらしく6000円〜業界最安値!価格に自信あり!このお時間ですと10分以内に到着!」とか書くんじゃない!

ちゃんと正直に、

2時間待ち
(今では使われてないめちゃくちゃ古いセキュリティの低い鍵なら)6000円〜って書き直せ!今すぐに!

と、電話口で喚き散らかしたくなるのをグッと堪えて、丁寧にお断りした。

二つ鍵を閉めてたら、40,000円。

自分の家に入るために、
こんな失礼な会社に40,000円。

絶対に払いたくないと思った。

なんで自分の家に入るためにこんな嫌な思いして四万を越える金を払わないといけないんだ。

気を取り直して、
郷里の母に電話をして実家にあるもしもの時のためのスペアキーを送ってもらうことにした。

しかしこの時すでに夜の七時半。

到着はどう頑張っても日曜日の午後になると言われてしまい、この時点で私の金曜と土曜のホームレス生活が強制的にスタートした。

「まー、ほら。
あの悪徳鍵屋に払うはずだった四万円で、
前から行ってみたかった大阪スパワールドにでも泊まって優雅な土日を過ごして思い切りリフレッシュすればいいじゃん!」

と、楽観的な気持ちで。

ホームレス生活が決定した時点でなんだか力が抜けて腹が減ってきたので近くの狂ったインド料理店でカレーを食うことにした。

いつも金曜日にはシネリーブル梅田で映画を見ながらマンゴーラッシーを飲むと決めている。

その瞬間を楽しみにして1週間頑張っているのに、この日は映画館に行けなくなりしょんぼりしていた私はせめて金曜日の映画は無理でもマンゴーラッシーだけは手放してたまるものが、と。

マンゴーラッシーを注文。

寒空の下悪徳鍵屋に振り回され、
疲れ果て、怒りと焦りでほてった五臓六腑にマンゴーラッシーの濃厚な甘さと冷たさがゆっくりと沁みていく感覚が気持ちよかった。

マンゴーラッシーを一口飲んで気分が良くなった私は、少し冷静になり今夜の寝床を探し始めたが、なんとまあタイミングが悪いことに26日、日曜日は大阪城マラソン。
そして、kpop人気アイドルグループのコンサートがあり、金曜日と土曜日の大阪のホテルは値段が暴騰して一泊3万円を超えているものか、
空室がないかのどちらかだった。

悪徳鍵屋の次は、
暴騰ホテルかよ……

と再びマンゴーラッシーを一口飲んでがっくりしてしまったが、がっかりしてるうちにどんどん夜も更けてくるのでとりあえずbooking comで価格の安い順に検索して、一番安いゲストハウスを抑えて移動することにした。

住んでる街から徒歩3キロ。
なんとなく寒空の下を歩いていくことにした。

いつも自転車ですっ飛ばす道を歩いてみると意外に遠くて、意外とたくさん人がいて、今まで見たこともなかったお店があったり、知らない街にいるような気持ちになった。

ああこの街に今私の帰る家がないのだ、と思うとなんだか気が遠くなるほどに心細い気持ちが胸の隙間を駆け抜けた。

家のある華やかな街を抜けて、てくてくてくてくと歩いて歩いて、寂れた住宅街に迷い込み。

普段住んでる雑多な街からほんの数キロ離れたところにこんな静かな住宅街があるなんて。

そこをまたてくてく歩いていくと今度は寂れた商店街にぶつかった。

時刻はすでに9時をまわり、商店街のシャッターはほとんど降りていた。

そこからさらにてくてく歩いて、

辿り着いたのがこちら。

一泊2500円という訳のわからない値段に飛びついて予約したものだけどシンとした周りの空気も相まって少し怖くなって震える手で扉を開けると、ふわりとした優しい温もりと暖かさが体を包み込んだ。

今からは大きな笑い声がしていた。

ほど無くして、優しそうなおばさんが

「あらー!ようこそ!!」と出迎えてくれた。

「さっき予約した者なんですけれども」

と言うと、おばさんは

「え!?」

と少し焦った声を出した。

嫌な予感がする。

おばさんと受付のお姉さんがパソコンのほうに走っていくと、どうやら私の予約はうまく受理されていなかったようだ。

ああ、、仕方がない。
もはや万策尽きた。
暴騰ホテルに泊まるか、悪徳鍵屋に頼むしかねえな。

と、心の中で諦めかけたのも束の間。

神か悪魔かよく分からんけれど、
天は私を見離さなかった!!!!

「あのね。予約はうまくできなかったんだけど、女の子2人部屋の二段ベッドがある床にお布団敷いてあげるからそこに寝るのはどうかしら?」

と、ありがたすぎる提案をしてくれた!!

もはや今からホテルを探すために来た道をてくてく歩かなければいけない、、と考えた私にとっては渡りに船。

二つ返事で「よろしくお願いします!」と頭を下げたのだった。

「助かるわー。そしたら準備してくるわ。
その間あなたもそこでゲームに混ざったら?」

と、おばさんが指を刺した先では外国人5人くらいがみんなでテーブルを囲んでUNOで遊んでいた。

えー、英語かなあ?何語かなあ?

ええ………。

中国語は大好きだが英語はめっぽう苦手意識がある私は英語が絡むと千と千尋の神隠しのカオナシ状態になるのだが、おばさんがニコニコ勧めてくれて「この子も入れてあげてよ!」と勝手に話を進めてしまったので私もめでたくゲームに混ざることになった。

昼間、スーツを着て商談をして。
帰社して資料を作って、上司にチェックを受けて。

平凡で、いつもと変わらないお仕事をして、今夜はマンゴーラッシー片手に映画を観る予定だったのに、

どういうわけかゲストハウスの居間で外国人達とUNOをしている。

今日の夜こんなことになってるなんて朝の私には全く予想ができていなかったのに。

矢継ぎ早に質問してくるイギリス人やフランス人の質問に自身の中の英語力を総動員して立ち向かってみると、案外コミュニケーションが取れてしまって少し驚いた。

最初こそ緊張したけど、
柄にもなく冗談を言ったり派手に笑ったりして、
すぐにすごく楽しくなってしまった。

ゲームが終わると一緒にゲームをしていて日本人の女の子が、「私と同室らしいので一緒に行きましょう!」と声をかけてくれた。

しっかりお言葉に甘えて、
2人で取り止めのない話をしながら階段を登った。

私が27歳だというと目をまんまるにして驚いていた彼女は20歳だった。

若くみられて少し嬉しいような、もうそんな驚かれる歳なのかと思うと少し悲しいような。

どこまでも明るくて気さくな彼女は、
なんでも北海道から大阪に1人で韓国アイドルのコンサートに来たらしい。

「飛行機もチケットも高くてホテルは節約しちゃいました」

とイタズラっぽく笑う彼女がなんだか眩しかった。

私も学生の時は、安いゲストハウスを泊まり歩いていろんなところを旅していたっけ。

こんな風に会社の人以外と気兼ねなくなんの脈略もない話をするのは久しぶりのことだった。

私が鍵を無くして家に入れないからここに辿り着いたのだ、と話すと私の着ているスーツを見て、

「パジャマ貸しましょうか?」

とものすごく親切な申し出までしてくれて、
その親切心にすごくすごく感動した。

丁寧に断ってしまったけれど。

ふわふわと、取り止めのない話をしながら、
スーツジャケットだけ脱いで布団に入った。

畳の香りと、
優しい人の気配。

久しぶりに味わうその感覚の中で激動の1日を駆け抜けた私は螺旋を描いて深い穴に落ちていくように眠りの世界へ落ちていった。

みなさんカギの管理にはくれぐれも気をつけてくださいね!

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