人生どん底でのチャレンジを応援してくれた女性の話 【2002年3月のある日】
今からちょうど20年前の2002年3月のある日。
ぼくは浪人生として受験した全ての大学の不合格が決定しました。
両親とバツイチのアニキと4人で夜8時からごはんを食べていましたが、まるでお通夜のような雰囲気。そんな中、次のように家族会議が開かれました。
アニキ
「もう、大人しくどっかの会社に就職せぇよ。パパもママも(アニキは
パパ・ママと呼びます)歳いってきてるんやから、お前の世話すんの
もうしんどいぞ。とりあえず働けや」
父は「なさけないやつや」という表情を浮かべながら無言。母はそんな家族の空気を読みながら沈黙。
部屋にはコタツが出ていました。でも、とてもとても寒い。(家族やいうても、話を聞いてくれる人はいないんやなぁ。理解者がいないのは寂しいなぁ)
そんな心境で限界だったのでリビングを出て自分の部屋に入ってベッドに寝転がり天井を見つめながら、
しんどいなぁ
なんで俺は周りの人らみたいに勉強できへんねんやろうなぁ
という気持ちでした。
コンコンコン…(ノック)
「お母さんや、入ってもええか?」
「ん?話聞いてくれへんやん!もうええで!」
「まぁ、聞けよ大事な話や」
「わかったわ、どしたん?」
部屋に入ってきた母はなぜか笑顔でした。
「え!なんで笑っとん?wwwww」
この続きは、「漢塾の無料オンラインサロン」または「月刊水樹ハル」の読者限定エリアで読むことができます。
▼漢塾の無料オンラインサロン
ここから先は
1,202字
/
1画像
・公務員を辞めてフリーランスとして生きる上での在り方のお話
・ライティングや、仏教哲学、心理・脳科学に関するお話
・人生のゴール「チャレンジを応援しあえる世界の実現」を応援できる
・まだ世には出せない話、ハルの心の中の考えを知れる
水樹ハルの「まだ世には出せないお話」
¥500 / 月
初月無料
ストーリー制作専門のWebライター、カウンセラーとして、「チャレンジを応援しあえる世界」を実現することを目指す、水樹ハルのnoteマガジン…
いただいたサポートは、ありがたく活動費にさせていただきます😃