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カセットテープの声の便り。おとうさんおげんきですか?

あわやまり

「エモい」と言う言葉を最近使うようだけれど、最初聞いた時、その響きから、「きもい」が連想されて、意味が分からずにいた。
でもそれを、若い人は褒め言葉として、レトロな、懐かしい何かをさして言うらしい。

1980年代、ウォークマンを買ってもらった時のことを忘れない。
流行っていた音楽をカセットテープに入れて、車で聴いたり、そのウォークマンでも聴いていた。
余談だけれど、カセットに音楽を入れる時、カセットテープにはA面とB面があるため、A面の終わりで歌が途切れることもあった。それを小学校の頃、友人が録音してくれるときに、
「どうする?そのまま続きを入れるか、もう一度最初から入れる?」
と聞かれ、よく分かっていなかったわたしは、
「続きでいいよ」
と言ったのだけれど、随分聴きにくかったのを覚えている。
それくらいカセットテープは身近なものだった。ラジオなどが聴けるデッキでも、カセットテープは聴けるし、録音もできた。


父が残したものを片付けていると、あるカセットテープを見つけた。
元々、カセットテープも、ビデオテープも山ほどあって、何が入っているのか書いてないものもあり、どうやって整理したら良いか、迷っているところだった。

そのカセットテープには、
「声のたより」
と母の字で書かれている。

これは父が仕事で海外に行っていた時に、わたしたちの声をテープに録音し郵便で送ったものだと母が言う。そう言われれば、なんとなく覚えているような、いないような。

そこで、聞いてみようとデッキを探すが、見つかるものはどれも動かない。
そりゃそうだ。だいぶ前のものだし、カセットテープはその後、CD、MD、そしてmp3へと変化を遂げた。

聴けない、となるとますます聴きたくなる。
でも、そんなに古いカセットテープ自体、ちゃんと聴けるのかも心配だった。

仕事中に、母からメールが来た。
「カセット、聴けました」

帰って、すぐに聞いてみる。
カセットテープを再生する。カチっという少し力のいるスイッチも、久しぶりだった。

いくよ?(母に確認している)
おとうさんおげんきですか?
いまは、がいこくにいますね。
おとうさんはパンばかり食べてつまんないでしょうね。
パンばかり食べているとびょうきしますよ。
いま、おかあさんはかみをゆわいています。
きょう、おかあさんのようふくとかおをかきました。
それと、まりちゃんにかみをあげて、えをかいてあげました。
それからわたしがぬりえをつくって、まりちゃんにぬらしてあげたら、まりちゃんはおおよろこびしました。
そしてわたしとまりちゃんでけんかしてしまって、おかあさんにおこられたので、つまんなかったです。

これは、姉の声。多分、小学校一年生くらいじゃないかと思われる。手紙をそのまま読むような口調で喋っている。
その後も、10日分くらいの短い「声のたより」が吹き込まれている。

わたしが登場するのは、3日目のことで、やっと発したのは、これ。

おとうさんがさみしいです。

主語が、間違っている。多分2歳くらいなので、何をしゃべったらいいか分からないのか、小さな声で母が「保育園は?何したの?」とか、姉が小さい声で、色々言っているのを真似してしゃべっている。
あとは、姉が歌を歌ったり、わたしが「チューリップ」を歌うのだが、なぜか「さいた〜さいた〜」からではなく、「な〜らんだ〜、な〜らんだ〜」からいつも始まる。
さらに、私はその頃から喘息があったらしく、ひどく咳き込んで中断したりもしていた。

1980年代、わたしの幼少期には動画を撮って残す、と言うことはほとんどできなかった。だから、写真は残っているものの、動いている姿を映したものは残っていない。

このカセットテープは「そのとき」を閉じ込めて、「今」にやってきてくれた、タイムカプセルのようなものだった。

自分の中で眠っている、懐かしくあたたかい記憶を呼び覚ますもの。
そんなものが、思いもよらず見つかると、奇跡だとすら思うことがある。
それを聴いたり見たりすることで、どこからか分からないけれど自分の中から、あたたかさと、前に進むエネルギーが湧いてくるような気がする。


「記録隊」

私たち記録隊
宇宙のどこからか
記録しにやって来た
からだを持ち
目や耳を持って
手や肌で感じて
全身でこの星のことを
覚えておくために

そんなこと
生きていたら
忘れちゃうんだけどね
でもそんなときでも
知らず知らずに記録している

この星で
あるいは宇宙のどこかで
誰かと出会い別れる
喜び悲しみ
怒り憎しみ
優しさあたたかさ
全ての感情を記録する

記録するからだ
私たち記録体
このからだとこころに記録する
そして持って帰るよ
たましいだけになっても
もといたところ
みんないるところ
愛あふれるみなもとへ

詩集「線香花火のさきっぽ」より

人も、どこの誰かしらないけれど誰かに、この身体と心に記憶したものを、届けようとしているのかもしれない。



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