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人生で一番あせった話

外に目をやる。ガラスには透明な線が引かれていく。葉は黄色く色づき地面にじゅうたんを作り出す。見えてきたのは幹を彩る新緑の苔たち。

さて、今日は雨。こぼれる水滴を眺めていると、思い出す光景がある。高速バスの中、人生で一番あせったあの瞬間だ。今日はちょっとあの日を振り返ってみることにしよう。


富士山に行こう

富士山に今度こそ行きたい。

野望があった。前に富士山に登ろうとしたことがあった。しかし、結果は天気に惨敗。大雨の中1合目から5合目まで歩いたところで断念することに。凍える身体を抱えながら高速バスに乗りながら、5合目までバスが来るありがたさにただただ感謝をささげた。

よし、今度こそリベンジだ。再びルートを決める。友人をさそう。山小屋を予約する。よっしゃ。待ってろよMt.富士。
しかし、今度も夢は敗れた。敗因は今回も天気。でも行かないのはもったいない。そこで、代わりに富士山近くの山(鍋割山)を登ろうってことになった。


雨の高速バス

当日。友人との待ち合わせは山中湖のバス停。せっかくだし、富士登山に使う予定だった50リットルのリュックを背負う。バスタ新宿で荷物を預ける。座席下の巨大トランクに荷物が吸いこまれていく。ちょっとのぞいて見たところ、天気は悪いのに意外と荷物がある。乗っている人を見るに、海外の観光客がけっこういるみたい。

バスが発車する。水の筋が縦から横になる。

車に乗って外をながめるのが好きだ。目的地に近づくワクワク感。心地よい振動。しっかり味わうために大事なことがある。場所どりだ。今日はしっかり左側の席を選んである。右側と違って車が目に入らないから、景色をしっかり楽しめるこの位置。のんびり時間がすぎていく。天気が良ければさらにうれしいけどまあよし。

あっという間に山梨県に入った。目的地が近い。
「次は〜河口湖駅ぃ〜河口湖駅ぃ〜」
ピンポーン。ガヤガヤガサガサ。とたんににぎわう車内。どうやら、大部分の人はここで降りるみたい。

バスが止まる。僕以外みんな立ち上がる。どうやら全員ここで降りるのか。一人座りながら外をながめる。立派な駅舎とターミナル。下に目をやるとバスのトランクから荷物を取り出す乗客たち。富士山はいいところだよ。楽しんでらっしゃい。個人的なオススメは忍野八海。天気がいい日に行ってみて。思わず心の中で話しかけてみたり。


突然の事件


バスが動き出した。さらば河口湖駅。最後に路肩へ目をやる。
そこには、見覚えのある50リットルリュックが。
うん?
頭が固まった。

これもしかして僕のリュック/いやでも他の降りた乗客の荷物かも/いや乗客みんなもうどっか行ってるよ/じゃあやっぱり僕のリュックか/でもなんで/そうかみんな降りるのかと思って気を利かせて荷物を全部出しちゃったのか/でもなんでそんなこと/そうだ外国の観光客だったらここが終点とか思ってても不思議じゃない/でもありがた迷惑だよ/いやそうじゃない急げ/このままだと荷物と永遠の別れになっちゃうよ/あのリュックお気に入りなのに/まだあまり使えてないのに/ゴアテックスの上着とかカメラも入ってるから下手したら10万円ぐらいの価値ありそうだし/そんな考えてる場合じゃないよ急げ

ここまでの思考にかかった時間は1秒。人生で一番頭が回った瞬間だった。いやそれどころじゃないよ急げ。
「すいません!!」
「僕の荷物が駅に出されたままです」

自分でもびっくりするぐらいちゃんと大声が出た。
いざというときに声が出ないってよく聞くけど、それは恐怖とか人の目が気になる場所が多いからだ。相手が一人で声を出さないといけないって場面なら、ためらわずに声が出るんだ。そんな新たな真理をさとった。

バスは止まり、無事荷物を回収できた。一安心だ。こうして無事、山中湖に辿り着きバスを降りた。バスにのんびり乗るはずが、ジェットコースターに乗ったかのような疲労感。富士急ハイランドのアトラクションに、忘れ物を置いてく演出どうでしょう。


さて、このあとは順調だった。無事友人と合流し、鍋割山に登頂することができた。でも富士山は厚い雲におおわれて見えず。でも、低木がひたすら続いていく新緑色の裾野がきれいだったなあ。

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そういえばここ数年は高速バスに乗れていない。このまま思うところなく高速バスに乗れる世が戻ってくることを祈りつつ。ただ、くれぐれもバスの荷物には要注意だ。

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