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受験のホテル

大学入学共通テストが終わり、1週間経ちましたね。

受験生のみなさま、本当におつかれさまです。
まだもう少し、ありますね。

わたしの家にはもう受験生がいないので
おだやかな日々を過ごしております。

そもそも、
うちのムスメは日本の入試を受けていないので
家の中の「受験生がいる、そこはかとない緊張感」を
感じたことがありません。

共通テストは、近隣の大学キャンパスで
受験するようですね。
わたしが受験生のときと、同じです。


わたしが高校3年生の受験生だった、30年ほど前。
わたしは淡路島という島に住んでいましたが
島には、共通テスト(当時はセンター試験)の会場となる
大学がありませんでした。

試験会場は、神戸市にある「神戸商船大学」。

そのため、ホテルに前泊、ということになります。
前日に海を渡って神戸までたどり着いておかないと、
当日、海や船の具合で、どうなるかわかりません。

センター試験の前日、
2泊分の支度を持ち、南あわじ市の自宅を出ました。
フェリー乗り場の淡路・大磯港まで、母の車で1時間。
「がんばっといでー」という母の言葉に、
ほーい、ばいばいと手を振って応えました。

きっぷを買って乗り場の待合室で小1時間ほど待ち、
フェリーに乗り込むと、45分の船旅。神戸・須磨港に到着。

淡路島を脱出するまで、まあまあ時間がかかります。

そこからホテルへは、ほとんどの受験生と同じように
電車などで移動です。
淡路島は電車がありませんが、
JRのきっぷの買い方、乗り方はちゃんとわかります。

わたしの高校でセンター試験を受ける人は全員、
同じホテルに泊まることになっていました。

旅行会社の人が島の高校にやってきて、
センター試験受験希望の人、まとめて宿泊予約を取るんです。
おそらく、50人以上はいたのでは。

同じホテルに同級生がいっぱいいる、ということは
ホテルはすこしうわついた雰囲気。修学旅行のようです。

ホテルのドアを開けると、廊下でクラスメイトとばったり会ったりします。
ちょっと気まずい雰囲気で、
「お、おう」
みたいな短い会話をしたあと、
「◯◯、晩御飯なにたべたー?」
「明日の勉強、全然してへんねん、やば」
全くどうでもいい会話をするうちに、
エスカレートしてキャーキャーしゃべり、

ホテルの方から
「共用部分ではお静かに。」と咎められたりしていました。

そんなこんなで少し非日常感を味わいつつ、
だけど明日迎える試験の緊張感もじわじわ込み上げてくる中、

落ち着かないし、もう思い切って寝ちゃおう。
早めにベッドにもぐりました。

あっ、ひとつ思い出しました。
ホテルというところは、乾燥がひどいらしい。

明日試験なのに、のどをやられたら大変だ。
が、田舎の高校生はビジネスホテルに泊まったことなどないので、勝手がわからない。
今なら加湿器標準装備のお部屋などもありますが、
当時はそんな設備もありませんでした。

スマホもケータイもない時代。
聞くことも調べることもできないので、うーんうーんと知恵を絞りました。

あっ、
「バスタブに水をいっぱい貯めて、お風呂のドアを開けておく」
というライフハックを思いつきました。

さっそくバスタブへ向かいました。
お水を7割ほどしっかり貯めて、お風呂のドアを開けっぱなし。

バスタブに満々とお水が貯められていること、
お風呂のドアは開いていることを、
寝る前に再び指差し確認し、
安心して眠りにつきました。


翌朝、すっきりと目覚めました。
身支度を整えにお風呂へ行くと、ドアが開いていました。
そうそう。これはわたしが昨日ドアを開けたんだった。

が、バスタブを見ると、満々と貯めていたお水がない。
1滴もありません。
しかも、バスタブはからからに乾いていました。

え・・・なんで?
わたし、指差し確認してお水貯めたよね?

お風呂の栓が、閉まり切ってなかったのかしら・・・?
と、確かめるまでもなく、
チェーンつきのお風呂の栓はなんとバスタブの外へ
ぶらんぶらんとぶら下がっておりました。

こ、こ、これはどういうことだろう???
わたしが夜中に栓を抜いたのか?
いや。まったく覚えがない。

誰かが夜中にこっそり入ってきて、
栓を抜いたのか?
誰?
ホテルの人?それとも同級生??
いや、何のためにそんなことをするのか?意味がわからない。

そして、それが本当だったら、怖すぎる。

センター試験1日目というのに、この心のパニックを
どう整理したらよいのか。

まったく見当がつかないまま、
大混乱中の脳みそを引き連れて
センター試験会場の、神戸商船大学へ行きました。

ああ、こんな状態で入試を受けねばならぬとは!!
いままで模擬試験を何度も受けてきたけれど、
こんな場面は想定していないです。

1日目の試験が終わり、ホテルに戻ってきました。

次の日も試験があるので、その部屋でもう1泊滞在せねばなりません。
怖すぎて、お風呂のお水を貯めることができません。
だけど、のどを痛めるのも嫌だし。。。

精一杯妥協した結果、
枕元にコップ1杯のお水を入れておきました。


次の日。
枕元のコップの水は、寝た時と同じ水位を保っていました。

誰かが水を捨てたり、
わたしが水を飲んだりすることはありませんでした。
ああよかった。安心。
のどの調子も、体の調子も、悪くありませんでした。

前日に比べると、少しだけ混乱がおさまったわたしは、
心の平穏が保てている間に身支度をし、
かばんにお泊まり道具をぎゅぎゅっとしまいました。

「お世話になりました」と部屋に向かって小さい声でつぶやき、ドアを閉めました。
そそくさと早足でチェックアウトしました。
そして、神戸商船大学へ再び向かいました。


試験も終わり、島へ帰るフェリーに揺られながら、
ずっとお風呂のお水の謎について、考えていました。

 自然現象としたら、どうしてたった一晩でカラカラに?
 誰かのしわざだったとしたら、一体誰が?なんのために?

神戸の港は、明かりがたくさんありますが、
淡路の港は、ところどころぼうっと明かりがさしています。
神戸はネオン街だとしたら、淡路はまるで、蛍の光のよう。
それは、ああ帰ってきた、と、安心する風景でもあります。

蛍の光のような街並みが、近づいてきました。
フェリーはもうすぐ、着岸です。

わたしは、ひとつの結論に至りました。
「これは、お化けのしわざだ。」

理由も動機もわからない、ということは
人間の科学や叡智をも超えた、大いなる存在の力が
そこに作用したにちがいない。

それを人は、お化けと呼ぶんだわ、きっと。
そして、叡智を超えた存在に出会ったんだわ。

わたしはそう結論づけ、島に降り立ちました。
なんとなくスッキリしました。
というか、スッキリしたと思わないと、島に帰れない気がしました。


大学に入り、ほどなく友達ができました。
わたしは、センター試験のお風呂の栓の話をしました。

「絶対、お化けのしわざと思うんだよね」

すると友達は
「あんた、ばっかじゃないの!?そんなわけないじゃん!」
「自分で寝ぼけて栓を抜いたに決まってるよ」

と、まったく信じてもらえない。

その友達はサブカルチャーに明るく、小さいころから
「あなたの知らない世界」や「心霊写真」などの
テレビを食い入るように見ていたタイプ。

そんなエキスパートの彼女に否定され、わたしはしょんぼり。
せっかく出した結論だったのに。

その友達が続けて質問してきました。
「で、ちなみに、なんていうホテルだったの?」

「神戸の◯◯◯ホテルだよ」

と答えると、彼女の顔色がみるみる青ざめて
ひいっ!!!と息を呑み、

「そのホテルは、出るんだよ!
 しかも、全国チェーンで出るんだよ!!!」

ぎゃーーーーーーー!やっぱりお化けだったんじゃん!

と二人で驚いてはみたものの、

全国チェーンで出るお化け、って、どう言うことだ???
ふたりで爆笑。
女子大生は、ころころとよく笑います。


その時受験したセンター試験の成績は、
まあ散々な結果でした。

それも実力のうち。

お化けごときに動揺してはいけないよ、と
教えてくれたのでしょうか。

センター試験の結果は、国公立大学への出願に必要でした。
お化けが影響したのかはわかりませんが、
国立の第一志望大学には、つるっとすべりました。

結果、東京の私立大学へ進学することになり
その大学で、かの友達に会いました。

「チェーンで出るんだよ!!!」の友達は
30年経った今でも、大親友です。

お風呂の栓をこっそり抜いた「お化け」は
わたしと、彼女を結びつけてくれた
キューピッドだったことになります。

そう思うと、
「お風呂の栓お化け」も、なかなか悪くない。

すごい長いスパンの伏線回収だけども、笑。

ちなみに、そのホテルチェーンは
いまはもうありません。
神戸商船大学も、大学統合を経て「神戸大学」となりました。
キャンパスは健在ですが、いまはその名はありません。

キューピッドお化けは、どこか別のホテルへ行ったかもしれません。

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