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何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#11

#11.敗北と、挫折と

 魔法の力が込められたノタックのハンマーはしたたかに魔獣を打ち付け、魔獣はくぐもったうめき声を上げながら横へ転がった。
 
<四ツ目>も鞍から放り出され、地面へたたきつけられる。

「大丈夫か?」

 ノタックがポーリンの前に立ち、ハンマーを構えた。

「・・・ええ、ありがとう」

 ポーリンは気丈に言おうとしたが、声は震えていた。

「おまえさんの言うとおり、なかなか厳しいな・・・最終的に勝ったとしても、こちらも深手を負う」

 ノタックは冷静にそうつぶやいた。そして半身で振り返りながら鋭く言い放つ

「殿下、残念だが、ここはいったん退きましょう!」

「・・・ううむ、それしかないのか」

 チーグは唇を噛みしめた。今までの刺客とは、格が違う。それは、彼の目にも明らかだった。

「おまえが言うなら、それが正しいのだろう。デュラモ、ノト、撤退!」

 声を張り上げる。馬車馬の向きを変えようと、デュラモとノトが四苦八苦を始める。

 <四ツ目>は首を押さえながら立ち上がると、赤いマントについたほこりを払った。痛みを覚え、復讐心に燃えるヘルハウンドがその横に並び立つ。

「さすがだ。雑魚の刺客では、相手になるまい」

 低い声でそうつぶやきながら、魔犬の首を撫でた。

「こちらも少し本気を出すとするか」

「・・・自分が時間を稼ぐ。あなたは、チーグを守れ」

 ノタックがポーリンにそうささやいた。

 しばしの逡巡ののち、ポーリンはうなずいた。

「分かった」

 そして、短く呪文を唱える。

 ノタックは、不思議な力に覆われる感覚を覚えて、びっくりしたようにポーリンを振り返った。

「火に耐えるための呪文をかけた。きっと役に立つ」

 ポーリンはひきつった笑みを浮かべた。

「・・・感謝する」

 これまでずっとひとりで戦ってきたノタックにとって、それは味わったことのない感情だった。ノタックはそれをどのように表現すればいいのか分からず、戸惑うような声でつぶやいた。

 <四ツ目>が背にくくりつけていたむちを取り出し、一振りした。

「いくぞ」

 そして、鞭で地面を叩く。

 それが合図となり、双頭の魔犬の一方の口が、炎を吐き出した。

「行け!」

 ノタックはポーリンを突き飛ばし、自ら盾となる。

 熱風とともに炎がノタックを襲う。熱さと想像以上の衝撃に強さに、ノタックは思わず地にうずくまった。

「退け、退け!」

 チーグも必死に声を発したが、馬たちも恐慌状態に陥っておりなかなか言うことを聞かなかった。

 <四ツ目>の鞭がうなり、魔犬のもう一方の口が炎を吹く。まるで、攻城戦のさなかにいるように、周囲に火が燃え広がり、パラパラと火の粉が降り注いだ。

 <四ツ目>が駆ける魔犬に飛び乗り、一行に襲いかかるようけしかける。

 炎があふれる大地を切り抜けて、熱さに耐え抜いたノタックがハンマーをかかげ突進した。再び、ドワーフとヘルハウンドが相まみえる。

 しなやかに右へと跳躍し、側面からの襲撃を試みた魔犬であったが、ノタックの対応は早かった。その獰猛な牙がドワーフの鎧をかすめるのと同時に、その横腹はハンマーに打ちのめされていた。

 蹴られた犬に等しい泣き声を上げて、ヘルハウンドがよろめいた。

「・・・すごい」

 ポーリンは自分の馬によじ登りながらノタックの戦いぶりをみて、感嘆の声を上げた。そして、彼女自身の血もかっかと燃えるような気がしていた。

 <四ツ目>が鞭をあててヘルハウンドが体勢を立て直す。怒りに満ちた目とともに、再び業火が放たれる。

「しまった!」

 ノタックはうめいた。

 ヘルハウンドの吐き出した炎は馬車を直撃し、帆は炎につつまれる。その中には、チーグの宝である、書物がある。

「なんてこと!」

 チーグが頭をかかえ、文字通り火の車と化した馬車に近寄ろうとしたが、大柄なデュラモがチーグを無理矢理かかえ上げた。

「退け!」

 デュラモが手短にポーリンとノトに指示する。

 次々と起こる出来事についていけず、ポーリンは頭が真っ白になる思いだった。ただ本能的に馬首を巡らし、戦場から離脱するデュラモとノトの馬を追った。視界の端で、ノタックが燃える馬車に飛び乗るのが見えた。そこに再びヘルハウンドの炎が炸裂し、熱風が周囲の木々をざわめかせた。

 ポーリンはまさに、死線のさなかにいた。興奮と、混乱が彼女の頭を支配し、思考を乱した。手綱を持つ手が震えた。

 森の中を引き返し、災厄の現場が後ろに遠ざかるのを感じていたが、同時に死がひたひたと這い寄ってくるのも感じていた。恐る恐る振り返ると、ヘルハウンドが彼女たちを追ってきていた。

 それを見たとき、身体の中を駆け巡る熱い血が一気に燃え上がるのを感じた。

「負けてなるものですか!」

 今度ははっきりと声にだして、そうつぶやいた。

 幸いなことに、ノタックの打撃の影響か、ヘルハウンドは片足を引きずり、その歩みはのろかった。

 彼女は覚悟を決めた。ここで、全てを出し切る。魔犬を止めることができなければ、恐らく死ぬだろう。今まで感じたことのない感覚・・・死への恐怖はあるが、それを平静に見つめる自分がいた。神経は研ぎ澄まされ、真っ白であった頭の中に集中力が戻る。

 彼女は、今まで経験してきたことの全てを賭けて、魔法の力に身を委ねることにした。よどみなく呪文は詠唱され、沸き起こる魔法の力が恍惚こうこつをもたらす。

 ポーリンたちと、ヘルハウンドの間に、大地から吹き上がる溶岩のような炎が壁をつくった。その炎の壁は、ぐるりとヘルハウンドを取り囲むように円を描く。

炎の壁を作り上げるには十分な魔力であったが、死への恐怖に責め立てられるように彼女はさらに力を注ぎ込んだ。死ぬならば、せめて力を出し尽くして死ぬのだ。

 ポーリンの呪文の詠唱は続き、炎はさらに力を増し、輝白きはくとなる。凄まじい熱量によって風が巻き起こり、周囲の木々を激しく揺らした。その熱は、大地すら溶かすのではないかと思えるほどであった。

「やった・・・のかしら?」

 力を使い果たし、薄れゆく意識の中で、炎の壁の包囲を破って魔犬が飛び出てこないことを祈った。

 そして彼女は、馬上で意識を失った。

主な登場人物:
ラザラ・ポーリン サントエルマの森の魔法使いの見習い。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれる。
チーグ ゴブリン王国の第一王子。人間たちの知識を得て、王国へ帰る途中。
ノタック 放浪のドワーフの戦士。双頭のハンマーを使いこなす古強者。
デュラモ チーグの腹心のゴブリン王国の親衛隊長。
ノト チーグの身の回りの世話をする従者。

作者解説

(つづく)

(はじめから読む)


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