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旅とわたし awai風の旅人部をはじめます


旅が日常になり、日常が旅になったのはいつからだろう。

2021年4月から、トルコ、ギリシャ、モロッコと旅をしている。

と言っても、1ヶ月ごとに家を借りているので、旅をしているというよりは暮らしているという感覚に近い。

日本からの時差の関係で、午前中からお昼過ぎまでは仕事をし、それからだいたい散歩に出かけ、スーパーに行き、料理をするか(料理をするのはほとんどオランダ人のパートナーだけど)、近くのお店でごはんを食べる。

日々行っていることは特別なことではない。

早朝、そして夜遅くに流れる祈りの時間を知らせる歌声に最初はびっくりしたけれど、それももうすっかり慣れてしまった。

大きな道路を、車に混じって馬車が走っているのも初めは驚きはするものの、三日もすれば慣れてしまった。

それでもやっぱり、不思議な感覚はある。

今自分が生きているのは日常なんだろうか、非日常なんだろうか。


思えばずっと「新しい景色を見続けたい」と思ってきた。

そのせいか分からないが20代後半以降、1年に1回引っ越しを繰り返してきた。

道端で、お店で、自分を知っている人が増えてくると次の場所に向かいたくなる。

居心地がいいのが、居心地が悪いのだ。

「知り合いができてきたから、ちょうどこの場所を離れるときだ」、と今でも、1ヶ月ごとに滞在する街を変えるときに思う。


新卒で(と言っても大学に7年いたのでだいぶ歳を取っていたが)就職して、以来、2年以上同じ会社に務めたことがなかったわたしがこうして飽きずに10年間コーチを続けているのは(途中ブランクはあったけれど)、対話を通じていろいろな人の人生を一緒に味わわせてもらえる感覚があるからだと思う。

わたしにとって人生を味わうことは、旅を味わうことであって、旅を味わうことは人生を味わうことだ。


人生を変えたければ、時間の使い方を変えるか、付き合う人を変えるか、住む場所を変えるか、という言葉があるが、最近になって変わらないように見える日常の中でも、自分自身の目の向け方を変えればゆっくりと静かに人生が変わっていくのだということを感じている。

人生というと大袈裟かもしれないけれど、道端に咲いている花を見つけることも、非日常の瞬間であって、そこに小さな旅があるのだ。


自由にいわゆる旅ができにくくなった現在の地球の状況はわたしたちに何を教えているのだろう。

そこにもっと、わたしたちが自分自身と、他者と、地球と調和しながら生きる可能性が秘められているとするとどうだろう。



結果としてそれは旅かもしれないし旅ではないかもしれない。
日常かもしれないし非日常かもしれない。

それが何かはまだ分からないけれど、わたしたちそれぞれが日々の中で心動いたことや出会ったもの、浮かび上がってきたことをコラージュのように集めていったら、何か宇宙が教えてくれていることに気づくことができるんじゃないだろうか。

「気づく」ということさえ、起こるか起こらないかも分からない。

それでも、日々そこにある美しさに出会って、それを味わって、ときに言葉や写真にしていくそのプロセスそのものが人生や命を味わうということなんじゃないだろうか。


せっかくならそんなプロセスを身を置く場所も、日々の過ごし方も違う仲間たちと一緒に楽しんでみたい。


それが日常であっても非日常であっても構わない。

旅であっても旅でなくても構わない。

気づいてみよう。感じてみよう。言葉にしてみよう。

わたしたちが日々出会っているものは、それがどんなものであっても人生の美しさを教えてくれているのだから。

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2021.10.12 Tue モロッコ エッサウィラにて

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awai 風の旅人部では、「日常と非日常を行き来する」をテーマに、いろいろな場所で暮らしや旅をする人たちが日々の中で湧き上がってきたものや出会ったものをシェアしていきます。

なかなか旅にいけない代わりに旅気分を味わったり、日常の中でもちょっとした楽しみを見つけるきっかけになるといいなと思っています。

それぞれが思い思いの形で味わい綴る旅と暮らしを楽しんでいただけると嬉しいです。


このページをご覧くださってありがとうございます。あなたの心の底にあるものと何かつながることがあれば嬉しいです。言葉と言葉にならないものたちに静かに向き合い続けるために、贈りものは心と体を整えることに役立てさせていただきます。