大好きな野球を、嫌いになったあの日
野球が好きだ。
出身地の球団である阪神タイガースを応援しに、関東の球場を中心に年間10~20試合程度観戦している。
もちろん勝つときもあれば、負けるときもある。
阪神の選手が打ちまくって勝った。目の前でヤクルトのリーグ優勝が決まり胴上げを見せつけられた。原口文仁の復帰戦を現地で見て泣いた。遠征先で大野雄大にノーヒットノーランを決められた。
嬉しかったことも、思い返したくないことも、たくさんある。
プロ野球は6/19の開幕が決まった。早く試合が観たい。待ち遠しい。当面は無観客開催だとは思うが、それでもいいから野球が見たい。
開幕が待ちきれないぐらい、大好きな野球。
でも、一度だけ、野球を嫌いになりかけたことがあった。
◆◇◆◇◆
球場での観戦で、勝てない時期が続いていた。
あっさり先制されていいところなく負け、阪神の先発が炎上してバチボコに打たれて大差で負け、阪神の勝率が高いとされるハマスタでも負け。
自分が観戦に行くせいで阪神が負けているんじゃないかと思うぐらい、とにかく現地で勝てなかった。
そしてある日の神宮球場で、事件は起きた。
スコアは拮抗しており、9回表が終わった時点で同点。
今日こそは勝てるんじゃないか。
延長にもっていけば、少しでも可能性があるんじゃないか。
ちょうど自分の飲み物がなくなっていた。
「すみません、レモンサワーください!」
売り子のお姉さんからレモンサワーを受け取り、1口飲んだ次の瞬間。
ライトスタンドから異常なまでに大きな歓声があがる。
打たれた。
打球は外野深くまで飛んでいく。外野手のグラブは届かない.............
思わず目を背けた。
次に目にしたのは、一塁と二塁の間あたりで、嬉しそうに水をかけあうヤクルトの選手たち。まだたっぷり残っているレモンサワーを片手に、その光景を茫然と見つめることしかできなかった。
そこからの記憶はない。
いっしょに観戦していた友人に後から聞いたところによると、「一気にレモンサワーを飲み干した後、靴とか石とか蹴り飛ばしてよくわかんないこと叫びながらふらふら歩いてた」らしい。
やべえやつやん。記憶ないけど。まじごめん。
ちなみに酒で記憶を飛ばしたのは、後にも先にもこのときだけだ。
◆◇◆◇◆
レモンサワーサヨナラ負け事件のあの日からしばらく、野球観戦に行かなくなった。
わたしが見に行ったら、阪神が負ける。
優勝してほしい。CSに行ってほしい。日本一になってほしい。
だったら、自分が現地に行くのを我慢すればいい。
自分が行かなければ、きっとたくさん勝ってくれる。
もう嫌だ。
球場なんて、行きたくない。
試合経過を追うこともなくなった。
あんなに楽しみにしていたはずの野球シーズンは、いつの間にかほぼ終盤に近づいていた。
そして飲み会の席では、レモンサワーを頼まなくなった。
レモンサワーの名誉のために言っておくと、もちろんレモンサワーに罪はない。でもなんだか、あの事件を思い出して嫌な気分になりそうで、飲みの席でもなんとなく避けていた。
◆◇◆◇◆
だんだん心の余裕がなくなった。
当時のわたしは新しい現場に配属されたばかりで、仕事はわからないことだらけ。怒られることもたくさんあった。現場は千葉県の某所で、家から電車で1時間半かかる場所にあり、仕事が終わって帰路に着く頃にはもう野球の試合が終わっていることもザラだった。
新しい現場で3ヶ月ほど経ったある日の、休日出勤。
仕事が予定よりかなり早く終わり、帰りの電車に乗り込んで、ふと考えた。
そういえば。
毎日千葉に仕事で行っているのに、マリンスタジアムに行ったことないな...。
仕事が終わるのは夜遅いし、京葉線も総武各停も通勤で使わないので、よく考えると普通の話。それなのになぜか、一度心から捨てたはずの野球のことを、思い出していた。
調べたら今日は夕方からマリンでロッテの試合がある。
チケットもまだある。
千葉駅で、いつもは乗らない総武各停に乗り換えた。
(当時のスタジアム名はQVCマリンフィールドでした)
当日券であてがわれた席はなんと内野の最前列。この日はロッテvs西武の試合。ALL for CHIBAデーで、ロッテは赤いユニフォーム着用、千葉と埼玉の意地をかけて戦う、みたいな日だった気がする。ロッテの赤ユニは胸ロゴが「Chiba」なこともあり、最初見たときは本気でカープの試合と間違えたかと思った。
マリンで開催されたロッテvs広島の試合です、と言われてもなんの違和感もなさそうだが、これはロッテvs西武の試合の写真。
パ・リーグの公式戦を球場で見るのはこのときが初めて。どちらのファンでもないフラットな気持ちで、試合を見た。席は1塁側だったのでどっちかというとロッテ寄りだけど。
野球観戦って、こんなに楽しいんだ。
まず試合が始まる前から楽しい。球場外周にはたくさんの屋台が並び、試合前のイベントもある。屋台のご飯はけっこう美味しい。
試合が始まってからも、バッターの快音、華麗な守備、奪い取る三振、たまに打たれたりエラーしたり。ビールやご飯は美味しいし、応援するのもほんとに楽しい。レモンサワーは飲んでいない。
この日の試合は乱打戦となり、ロッテが僅差で勝利した。盛り上がる場面は単純に多かったと思う。
そして確信した。
やっぱり、球場に入ってグラウンドを目にするあの瞬間が、一番好きだ。
なんだか心が晴れやかになった。
沈みかけた心を救ってくれたのは、1度嫌いになったはずのものだった。
野球観戦は、なにも好きな球団を応援することだけじゃない。
わたしは、野球観戦そのものが、やっぱり好きなんだ。
また、野球場に行こう。
夢も幸せ全部、あの大空を翔けめぐる、野球場に行こう。
◆◇◆◇◆
再び野球観戦にたくさん行くようになった。千葉勤務ではなくなったのもあり、時間は捻出しやすくなっていた。
阪神の試合だけじゃなくて、他の球団の試合も積極的に見るようになった。関東には本拠地が5つあるので、試合開催日ならだいたいどこかで1試合ぐらいはやっている。
勝ったり負けたり。阪神に関係ない試合を見るときは勝敗を気にせずネット裏で見たり、どちらかの球団の応援に参加したり。
そしてある日、満を持して、甲子園に乗り込んだ結果。
なんだこのスコア。
伝統の一戦。穏やかな晴れ間に、ぼろ負けのスコア。
レモンサワーは飲んでいないのに。
交通費返せ!!!!!
このあとめちゃくちゃやけ酒した。
レモンサワーは飲んでないし記憶もしっかり残っています。
でも今度は、野球を嫌いにはならなかった。
だって、野球は勝ち負けだけじゃないから。
簡単に楽しめる、日常の中の非日常。
それが、野球観戦なんだと思う。
最後まで読んでいただきありがとうございます! いただいたサポートは今後の執筆活動に役立てていきます。よろしくお願いします!