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『音のない川』をより楽しむためのWSレポート報告

 4月21日に、avenir’eとして第一弾となるワークショップを行いました。
題して、「『音のない川』をより楽しむためのWS」です。

 通常の劇団が主催するワークショップは、主に俳優や演出家など、
演劇の現場に携わる人が技術を磨くために、専門的な稽古や講習を行うことがほとんどです。しかし、私たちavenir’eが行うワークショップは、
演劇に携わる人だけでなく、観客や、そもそも演劇なんて観たことないという人に向けても対象を広げています。これは、通常「観劇」という形でしか
接点を持たない観客と、作品を通してより広く、深い範囲で関わることを
目指しているからです。

 ……なんて、言ってみましたが、ちょっとよくわからない部分も
あるかと思うので、今回のワークショップ第一弾がどんなふうに進んだかを
お伝えすることによって、それを説明していこうと思います。

■ワークショップの内容

 今回のワークショップは事前に応募いただいた8名の方にご参加いただきました。進行はavenir’eメンバーで今回『音のない川』のドラマトゥルクを
務める大原が行う予定でしたが、急遽体調不良となってしまったため、
代わりに池内と須賀の2名で行いました。その様子を順を追って書いていきます。

①自己紹介
 まず行ったのは自己紹介です。輪になって一人ずつ順番に
「最近あった出来事」という内容で、自由にお話しいただきました。
ただし、特に話すことがなければ、名前を言うだけでも大丈夫です。
声を出すことによって、その場と自分自身のチューニングが行えればOKとしました。

②入口と出口のワーク
 次に行ったのは入口と出口のワークです。このワークはaveni’eで毎回の
稽古の際に行っているもので、私たちのルーティンになっています。
 まず、稽古場空間に想像上の線をイメージします。その線の向こう側を
「創造的な空間」、こちら側を「日常的な空間」として、「創造的な空間」に入るという動作(跨いだり、飛び越えたり、どのように線を超えるかは
個々人のイメージに委ねられます)を稽古の始めに全員で行います。
反対に稽古の終わりには、「日常的な空間」に戻る、という動作を行います。線の向こう側の「創造的な空間」とは、誰もが安心してクリエイティブになり、個々人のアイデアが尊重され、自由な意見交換ができるような空間です。このワークを行うことによって、稽古場が安全であり、各人の創造性をコラボレーションさせることを目的とした場所であるということを、
全員が意識できるようにしています。
 今回のワークショップでは初めての方もいたため、丁寧に時間をかけてこのワークを行いました。

③ラインゲーム
 ワークの次に「ラインゲーム」を行いました。
これは、お芝居のウォームアップとして行われるゲームで、体一つで行えるものです。
 参加者が輪になった状態で、各々の名前を呼び合います。
最初に名前を呼ばれた人は、次に別の人の名前を呼ぶ。呼ばれた人はまた別の人の名前を……というようにして、「名前」という見えないボールを順々にパスしていきます。慣れてきたころに今度は「番号」(1、2、3…)というボールを加え、「名前」ボールと同様にパスしていきます。
この「名前」のパスと「番号」のパスを同時に行うというのがラインゲームの内容です。
 今回のワークショップでは皆さん上手だったので、「名前」、「番号」に加えて「指パッチン」「好きな偉人の名前」と、計4種類の見えないボールがパスされました。見えないボール(=ライン)を意図的に輻輳させることで、参加者の集中力やお芝居のやりとりの精度を高めることができます。

④哲学対話
 ラインゲームによって場の空気があたたまってきたところで、
哲学対話のルールを取り入れたワークを行いました。
 「哲学?対話?なんだそれは?」という方も多いかもしれません。
ご安心ください。哲学対話とは、参加者が輪になって座り、挙手によって
互いに発言のボールを渡しながら話を進めるという、コミュニケーションの手法の一つです。(決して、「神は死んだ」とか「語り得ぬものについて」とかを喧々諤々することではありません!)
 avenir’eでは演技のフィードバックや演出方針の話し合いにおいて、
この哲学対話の手法をとって進めています。
 ワークでは哲学対話における重要なルールを共有しました。

① 何を言ってもいい。
② 否定的な態度はとらない。
③ ただ聞いているだけでもいい。
④ お互いに問いかけるようにします。
⑤ 知識ではなく経験に沿って話す。
⑥ 話をまとめなくていいです。
⑦ 意見が変わっていいです。
⑧ わからなくていいです。

 これらのルールを守って対話をすると、俳優と演出家が対等な立場で議論することができます。また、哲学対話では沈黙することも重要になります。沈黙しているとはすなわち、参加者が考えているということなので、
個々人の考えを深めることを目的としている哲学対話においては、
沈黙していてもまったく問題ない(むしろよかったりする)のです。
 上演が迫ってくると、結論を急いだり、その結果焦りゆえに拙速な判断をしてしまったりする場面が多くなります。哲学対話をすることで、最終的な結論がたとえ出なかったとしても、対話を通して視野が広がったり、
考えが深まったりすれば、その時間は有意義だと思えることが重要なのかもしれません。

 今回のワークショップでは「心が潰れそうになる瞬間」あるいは、
「すごくハッピーな瞬間」というテーマを哲学対話の手法を用いて話しました。
 

⑤「人がただそこに佇む」ワーク
 いよいよ演劇のワークっぽくなってきます。とは言っても、脚本を使って台詞を言ったりはしません。ここでは今回の作品『音のない川』の作品テーマ「日常の些細な一瞬は細やかにまばゆい」に沿って、
「人がただそこに佇む」というワークをしました。
 
 参加者の一人に状況設定が書かれた紙を渡されました。
その紙を受け取った方は、その状況に自分がいることをイメージしながら、観客(他の参加者)に背を向けてただその場に佇みます。

状況は観客には明かされません。

観客はその人がどんな状況にいるのかを予想しながら、その人のことを観察します。しばらくして、佇んでいる人があらかじめ手渡されていたビールのロング缶(!)を自分の脇におきました。
 一定時間が経った後、佇んでいた人がどんな状況にいたのかを観客が話し合ってから、その人がいた状況が明らかにされます。今回の状況は「好きな人が嫌いな人と付き合った」という状況でした。
 観客は今度はその状況を踏まえた上で、もう一度その人が佇んでいる状況を観察します。
 
 このワークを、佇む人と小道具を変えながら、数パターン行いました。

 観客の方々からは
「ビールが置かれた瞬間に状況が定まったように見えた」
「最初から悲しそうだな、とは思っていたけど、何に悲しがっているのかわからなかった。でもビールが見えてから想像が膨らんだ」
という声があがりました。
今回の『音のない川』においてもこのように、観客が想像を広げる導線を用意するということをとても丁寧に稽古しています。今回のワークにおいてビールのロング缶が想像を膨らませたように、何をしたら観客の想像の余白が広がるのか。どうすれば観客の想像を伴った風景が立ち上がるのか、
一つ一つのセリフや動作に注意を払いながら、繊細に作っています。今回は、その創作の一端を参加者の方に体験してもらうワークでした。


■avenir’eが目指すドラマトゥルクのいる演劇創作について

 以上が第一弾ワークショップに行った内容となります。
ご参加いただきありがとうございます。
俳優の方、普段演劇を観ない方、観劇玄人の方が参加した回となりましたが、結果的に皆さんに満足していただけたのではないかと思います。
 
 avenir’eではこのように、ワークショップを作品の稽古期間中や本番期間中に行うことによって、「観劇」だけではない観客との接点の持ち方を探しています。すこし専門的な話をすると、これはドイツ演劇における
ドラマトゥルクの役割を意識した取り組みとなっています。

 ドラマトゥルクとは日本語に言い得た訳語がいまだ存在しないのですが、現代演劇において重要視されている、演劇における職能の一つです。

ドラマトゥルク(英語読みでドラマターグとも)は舞台芸術における職分で、劇場やカンパニー(劇団など)、あるいは個々の公演の創作現場において生じるあらゆる知的作業に関わり、そのたびごとにサポート、助言、調整、相談役などの役割を果たす。各職能(演出、舞台美術、照明など)の担当者と異なり、ドラマトゥルクはあらゆる職能に関して決定権を持たないが、他のすべての職分と対等な立場で意見の交換を行なう。また、常に創作の全体に目を配ることで「外の目」として機能することが求められる。演劇や文学のみならず哲学や科学など、それぞれが持つ演劇外の専門知識によっても創作に貢献する。(現代美術用語辞典 ver2.0のページ より引用)

 ドイツの公共劇場におけるドラマトゥルクの役割は大きく3つに分かれています。

  • 「演目ドラマトゥルギー」(年間レパートリーの策定を通して作品と観客を結ぶ)

  • 「制作ドラマトゥルギー」(制作補助を通してアーティストどうしを結ぶ)

  • 「観客ドラマトゥルギー」(WSの企画等を通して劇場と観客を結ぶ)

(参考文献:『ドラマトゥルク──舞台芸術を進化/深化させる者』,平田栄一朗,三元社,2010)

 avenir’eでは固定の劇場を持たないアンサンブル集団ですが、このようなドラマトゥルク的な役割を意識しながら、日本においてどんな作品作りができるかを実験しています。今回のワークショップもその一環として行われたもので、目的としては「観客ドラマトゥルギー」に近いものでした。より具体的に言い換えれば、観客に今作っている作品の内容を紹介し、その創作を体験してもらうことで、4月30日からの観劇体験がより豊かになることを目指しています。


■次回以降のワークショップについて

 今回の 『音のない川』ではまだまだWSやアフタートークが行われる予定です!気になる方はぜひ下記のリンクをチェックしてみてください。観劇体験がより豊かになること間違いなしです。

それでは皆様、よい演劇を!

(文責:須賀真之)

avenir’e 1st create

『音のない川』

公式サイト
予約サイト

  • 『舞台上で生きるためのWS〜音のない川ver.〜』

  • 《担当》
    大原研二 (『音のない川』ドラマトゥルク)
    《日時》
    5月11日(木)  
    ①13:00〜16:30 
    ②18:00〜21:30
    俳優・・・各回定員8名ずつ
    見学・・・各回定員12名ずつ
    《参加費》
    参加者・・・各回2,500円
    見学者・・・各回2,000円
    《場所》
    新宿眼科画廊 地下スペース

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