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映画『憎しみ la haine』(1995)とフランス社会

 本来は映画『憎しみ la haine』(1995)に言及しながら、フランス社会について論じたかったのだが、全くうまくいかなかった。ここまでうまくいかないものなのか、映画とか芸術作品を反映させて社会について話すのはあまりに偏りすぎててやる気が起きない。いや、絶対意義もあるし、ディシプリンとして存在するが、そもそも文学部出身ではないから(言い訳)方法がわからなすぎる。全く下手くそすぎる。どうしよう。こんなつもりじゃなかったのに…。しかし、『憎しみ』に触れていないわけではない。なので、題名を

『現代フランスにおける「フランス的価値」の一考察
-『憎しみ la haine』(1995)から見る「運動」と「移民」-』

とかに変更にし、読んでいただきたい。
どうしよう…中途半端な文章だ、、、、

下記「論じる」とか言っているのは言いたいからで、気分。頭の中にあったことを反映したまでです。
ええ、そうです。ただのメモ書き。というか感想。うーん。まあまあまあ。


はじめに


 マチュー・カソヴィッツ監督の作品『憎しみ la haine』(1995)を見たいと思い続け、5年が経過し、先日ようやく見ることができた。僕がフランスに恋い焦がれ続ける理由は、この作品の中にもみられる、移民とフランス的価値観の衝突。つまり、"第五共和制の理念による統治、政治的移民統合と同化主義"と"国家の概念では追求、言及されないこと。すなわち統合過程の格差社会、同化主義内で継承される(ou生産される)多文化"のジレンマにある。一見、同化主義や統合ということは「長い物には巻かれろ」という意味合いが込められそうであるが、一概にそうとは言い切れない。共和国の市民には闘い続けた歴史があり、むしろ黙らないでいることの方が“フランス的”であるといえよう。また同化主義と言っても、言語や理念における定義とは異なり、包摂される文化的価値もある。多文化主義と語られることがかなり少ない国であるが、フランスはむしろ他国の文化を取り入れてきた国家であり、受け入れることこそ、フランス的であるということもできる。

 はて、こんな空論でフランスについて話し続けても、面白くないので『憎しみ la haine』(1995)(以下『憎しみ』)に言及しつつ、フランス社会について論じていきたいと思う。2つの論点を提示する。1つ目は「市民の運動」、2つ目は「移民」、(全部デカ論点過ぎて書く前から怯えている…)

1「市民の運動」


 まず、『憎しみ』では、ヴィンスが移民ゲットーの「暴動」に行き、一緒に参加していたアブデュルが警察からの暴行により、意識不明の重体に陥る。日本でも顕著に目にする「暴動」否定をご存じか。フランスのデモや暴動を映し出して「これがフランス移民政策の失敗です」といった、思わず笑ってしまうような動画がSNSでまわってきたのは見たことがあるだろうか。大体動画そのような動画を再生するとオリンピック反対とか、年金引き上げ反対とか、全然移民関係ないことが多い。しかし、今回『憎しみ』では「移民政策の失敗!」と嘆かれる模範的な移民の暴動が起きている。よく考えてみてほしい、暴動をする文化が希薄な日本では、移民が暴動しているなどと報道があれば、驚くかもしれない。現在のフランスでどのような「暴動」が行われているか下に1つ例を挙げておく。(下記動画)「暴動」と言ってもいいと思うが、正統な権利の主張を「暴動」の一言で片付けてしまうのも、あまり書いていて気持ちが良くないので「マニフェスタシオン(manifestation)」もしくは「運動」と記載しておこう。

EUの農業政策(CAP)の予算削減に反対で現在起きているものである。

 フランスにおいてこのように運動が現在も盛んに行われ続けている大きな出来事として1968年5月を提示したい。
 いやいや!フランス革命だって、パリコミューンだって、色々あるでしょ〜と思うが、(それは勿論!!)全世界的にわかりやすく比較できるのが68年の出来事である。68年を各国がどう捉えているかが重要である。日本と比較してみよう、日本における68年全共闘やそれ以降の運動は過激派左翼として派生した文脈を捉えることが多いのではないか。実際それ以外の運動の連続性というのは生じていても、68年に否定的な社会的空間があるように思える。しかし、フランス5月革命の評価、5月革命後の運動自体の認識はどうであろうか。そういった点から、フランスにおける68年5月は現在の運動に及ぶ大きな分岐点であったと考えたい。
 68年5月は個人の問題が政治的になった。「日常生活の政治化」というテーマが運動の中にあったと、かなりしっくりくる。
 フランスにおける68年がどのようなものであったかを「組織の脆弱性」と「運動の連続性」という観点から見ていきたい。まずは「組織の脆弱性」。68年の大きなイデオロギーとして自己管理主義(autogestion)が横行し、フランス共産党(PC)の学生団体でさえ、解体し(させられ)、運動が機能していった。勿論、全く組織がなく自然に人が集まり行われていたわけではない。私が興味を示して止まない「統一社会党(PSU)」という政党は党として(分裂しながら)(ミッテランと因縁の中のミシェル・ロカールは68年に乗り気ではなかった…)も活動に参加していた。そのような組織は70年代に入り、組織的に残ったというより、運動の文化や価値が残ったと言ってもいいであろう。つまり「運動の連続性」である。 例えばフェミニズム運動では、ヴェイユ法が可決されるまで中絶の権利のために闘っていたし、エコロジー運動は68年の論点ではなかったが、エコロジーの歴史を辿ると「消費社会に対する政治的意義」という点で70年代盛んになる(社会党〈PS〉が回収していく、現在は回収しきれていない運動も多々、PSの勢力も弱まり…)。冒頭に記述したように68年以降フランスは当時のテーマにもあったように「日常生活の政治化」になっていると言っても過言ではないだろう。68年5月による大きな衝撃は、フランスにおいては危険視されているものではなく、現代の運動に繋がる役割を担ったのではないか。68年5月の認識、解釈についてはクリスティン・ロスの『68年5月とその後』についてかなり詳しく書かれているので、1つ参考資料として挙げておきたい。
 このようなフランスにおけるマニフェスタシオンの歴史的認識、連続性を考えると、現在のフランスにおいて、全くマニフェスタシオンを行うことが不自然ではなく、むしろフランスにおいて、移民がテロを行うよりマニフェスタシオンを行うことは最も“フランスらしい”ことであるように思える。
 また「暴動」と「運動」は異なると思う方もいると思うが、この2つを明確に分けることの方が難しいと考える。「黄色いベスト運動」に参加した友人の話では、警察(厳密にいうとgendarmerie憲兵)が平和的運動を煽ってくるのだと。平和的に行おうとしていても、それを維持することが難しいこともあるであろう。そして、何において「暴」なのであろうか。『憎しみ』での暴動は、果たして移民の人々が望んだ形の暴動なのか、映画内に出てくる警察の態度を見たら一目瞭然であろう。

2「移民」


 これはまた大きな論点過ぎて、世にこのような漠然としたものを晒すのも如何なものかと思いつつ、noteであるという気軽さに甘えて記述していきたい。『憎しみ』では主人公3人、サイード、ヴィンス、ユベールは異なる背景を持つといっても過言ではない。恐らく、サイードは俗にいうアラブ系、ヴィンスもユダヤ系、ユベールもアフリカ系であるといえよう。「恐らく」とかつけちゃって、遠回しな言い方として受け止められるかもしれないが、生物学的人種というのは定義することは困難であるし、社会的背景といっても移民二世であるのであれば、文化的(社会的)背景がどこまで浸透しているか不透明であるからだ。そして、フランスにおいて移民二世はフランス国籍を所持することが容易であるので、「統合」の概念からすると「移民」と呼び続けることにも違和感を覚える。しかし、フランス国内で“移民二世”が全く問題なく就業差別もなくドロップアウトもせずに暮らしているかと言えば、そうでもないので、フランス国民であることを前提に進めていくことも難しい。いや、むしろ、フランス国民であるのに、うまくいっていないという取り上げ方がふさわしいのかもしれない。

 そもそもフランスの移民について第一次世界大戦ごろから振り返ると(フランスに限ったことではないが)、大体は経済成長や労働者不足で移民を受け入れるのである。(小ネタであるが、第一次世界大戦中に人員不足になったフランスは留学費を安くするから働きながら留学に来ないかといった内容を打ち出し、中国から多くの留学生を受け入れるなどしていた。)第一次世界大戦後も人口減少によって、移民受け入れを続ける。そして、第二次世界大戦後は「栄光の30年」と呼ばれる経済成長を遂げたフランスは労働者を受け入れていたがオイルショックにより、移民受け入れを停止する。

 ジスカール期(74年以降)の移民政策と、結果は非常に興味深い。移民受け入れ停止をしたら、移民労働者はフランスに入国できなくなると困るので家族呼び寄せが始まり、結果的に移民の人口が増えたり、「帰国奨励政策」帰国する人に1万フラン(約20万円)支給をしたら、実際帰国したのは,マグレブ系移民ではなく、南欧系の移民だったり。ちなみに、『憎しみ』が公開された95年近辺の政策は、パスクワ法(93年~)やドゥブレ法(96年~)により、かなり移民受け入れのハードルが高くなっていた時期である。とはいえその後97年、僕の好きなジョスパン(社会党)が首相になったのだが(コアビタシオン!)、パスクワ法ドゥブレ法を撤廃し、シュベヌマン法を通し、移民政策の緩和を行った。
 このように移民受け入れ政策を軽く記述してきたが、出生地主義は聞き覚えがいいワードであっても、常に移民に対してウェルカムな態度をとっているわけではない。96年にサン・パピエ(非正規滞在者)がパリのサン・ベルナール教会を占拠し「非正規滞在という行政上の身分のせいでそれまで沈黙を余儀なくされていた層の一部が(略)要求を口にし」たなど、現状の不満をまた世に現わすこともあった。次はそのような“移民”と呼ばれる人々に焦点を当てたい。

 『憎しみ』の3人の文化的背景を元に論じようと試みたが、この3つの文化的背景が階級的貧困の要因であるというには、あまりに軽率であるように思えたため、あまり考慮せずに論じていきたい。むしろ、貧困ではない他の移民も取り上げることによって、フランスの移民について言及する方が妥当であるであろう。

 2012年の出身地別の移民を見るとヨーロッパ系が36.8%、アフリカ系が43.2%(そのうちマグレブ系29.6%)、アジア人系が14.4%。アメリカ、オセアニア系が5.6%となっている。上位3つのグループについて言及する。
⑴マグレブ系(必ずしもムスリムではない)
⑵ヨーロッパ系(主にポルトガル系)
⑶アジア系
以下、「文化的衝突」と「経済的自立」という点で同化と就業状況に焦点をあてて比較していく。

⑴     マグレブ系移民とフランス


 マグレブ系移民とフランスについては、宗教問題として論じられることが多々ある。というのも、フランスはライシテに基づき公的空間での宗教的な活動を受け入れていない。ライシテも色々補足が必要であるが、詳しくは伊達聖伸先生の『ライシテから読む現代フランス-政治と宗教のいま』を推奨する。(『憎しみ』についても言及している箇所あり)「スカーフ事件」や、「ヴェール禁止法」など、ムスリムの信仰を否定するようなことが法的に起きている。オムニバス式映画『パリ、ジュテーム』(2005)にもムスリム女性の章があるので、挙げておきたい。
 宗教対立として語られているが、実態は、「北アフリカ系の2世・3世は貧困に苦しみながら育ってきたケースが多く、(略)犯罪発生が絡んでくると、ホスト社会の側からは北アフリカ系移民を一括りに犯罪者扱いするような偏見」(坂井,2019)と記述されているように、経済的要因や社会的階級の要因に問題があるといえよう。『憎しみ』を見ていたら、貧困が要因であることが当たり前であるように思えるが、ホスト社会から多く語られるのは反ムスリム的なものが多いといえよう。

⑵     ヨーロッパ系の移民とフランス


 2012年の先ほどの出身国別移民のデータによるとポルトガルが10,5%、イタリアが5.1%、スペインが4.3%になる。しかし、1962年まで遡るとポルトガル系はたったの2%、イタリアが31.7%、スペインが18.0%とかなり流入してきている国が年代によって異なっている。今回は2012年時点でヨーロッパ系で1番多い移民、ポルトガル移民に注目する。まずは「文化的衝突」について。ヨーロッパ系なのでフランスで馴染んでいるように思えるが、鈴木によると「教育レベルではポルトガル系移民の低学歴も問題視されている」。実際は、アルジェリア出身の移民は元フランス領であるので、ヨーロッパ系の移民の方がフランスの言語的に苦労していると指摘もできる。学業の面ではあまり高いとは言い切れない研究結果が出ているが、就業率が高い傾向にあるという。「男性は左官(maçon)、建設労働者や工場労働者、女性は家政婦(femme de ménage)やアパルトマンの管理人というステレオタイプがある」らしい。確かに、私の教授の話を聞いていると、アパルトマンの管理人はポルトガル人だったとかスペイン人だったからフランス語が通じなかったとか色んなエピソードは聞いたことある。あくまでステレオタイプなので存じ上げないが、エスニシティによって独自の就業ルートがあるともいえるであろう。本節は鈴木規子先生の研究を大いに参考にして記述しているので、詳しく知りたい方はそちらの文献をぜひ参考に。(統計、孫引きで処罰されたりする??)
   

⑶ アジア系の移民とフランス

 ついにアジア系。ここまで読んでる人いる??まあいいとして、アジア系というとどんな想像つくかしら。韓国、中国、ベトナム、ラオス、カンボジアと一括りにできないよね。しかし、まあ今回はアジアという枠組みで記述していく。

 「アジア系」であることによる文化的衝突を2つ挙げたい。1つ目は、言語的な問題である。アジア系移民の両親を持つ子どもがフランスの学校に通うとなると,親と学校が言語的にコミュニケーションをとることができず,そのまま学校に適応することができなくなり、ドロップアウトしてしまうことがある。(他の移民にも言えるけど!)また、家族間の事例であるが、両親が先にフランスに移住し,子どもは中国の祖父母に育てられて数年後にフランスに呼び寄せられると,子どもと両親との間で距離感が生じ,家族間でコミュニケーションが取れないということもある。
 2つ目にアジア系フランス人はアジア系であることを理由に差別を受けると感じていることである。「フランスにおける反アジア人差別」(Racisme anti-asiatique en France)から考えると、「アジア系の人々はモデル・マイノリティである」ということ自体も、「モデル・マイノリティ」という理想の押し付けになっている。また、アジア系であることを自ら「私たちはバナナである」と表現することがある。バナナの見た目は黄色い(黄色人種)がバナナの皮を剥くと白く(フランス人と同じというニュアンス)中身はフランス人とおなじであるが見た目だけが異なると言及している。
 村上によると「アジア系」でも就業先は2パターンに分かれるという。「高等学校もしくは大学卒業後,親の仕事(主にレストラン,問屋業)を引き継ぎ,エスニックなニッチで働く」パターンと「フランスの公立学校に通い,大学やグランゼコールなどに進学…修士号を取得して…中国出自を生かして中国系企業や中国語を生かすポストに進むこともあれば,出自とは関係なく就職する」パターンである。村上の研究では「出自とは関係なく就職する」と書かれているが、宮島の『包摂・共生の政治か、排除の政治か‐移民・難民と向き合うヨーロッパ』(2019)によるとフランスにおいて移民が就業するということは、エスニシティが理由で就業先が左右されると述べている。また、「労働市場における労働待遇」についてエスニシティごとに比較してみると「アジア系」は就学の割合が高いが、高度な専門職業に就くことから失業中の割合が多いこと(宮島,2019)が明らかになっている。
 (本節は村上一基先生の研究をほぼ参考にして書いている。)

(4) 比較

 こう3つ並べると、マグレブが1番就業が厳しいのではないかと思うかもしれないが、INSEEの2010年の就業率の統計を見ると、意外と大差ない。(あるけど!)ただ、男女の差で見ると、域内の方が域外に比べて女性の就業率が高い。このデータも鈴木規子先生の論文のわかりやすい図から読み取っているので詳しく知りたい方はそちらを見てね。下に貼っておくので。
 まあしかし、宮島先生の言うように出身地やエスニシティによる就業傾向はあるであろう。アジア以外はあるか存じ上げないが、いやマグレブはあるか、各移民のアソシアシオン(アソシエーション)の動きも興味深い。

むすび

 以上のように『憎しみ』から2つの論点を結びつけ、現代フランス社会に照らし合わせた。「市民の運動」では、フランス的価値ともいえる歴史的連続性から『憎しみ』で行われていた運動が如何にフランス的であるか論じ、「フランスにおける移民」では、『憎しみ』だけでは見えてこない、多様な移民について論じた。おそらく、『憎しみ』により深く焦点を当てて言及するべきであったかもしれないが、あの作品自体、1つの階級、1つの地域、1つの場面、なんなら1日の出来事で、そこだけを深く切り取って、フランスはどうしようもなくて、移民差別が蔓延しててと、語るのはあまりにも軽率であり、自分自身の学びを踏まえて改めて『憎しみ』について触れたかったのである。このnoteは、『憎しみ』が起きている国の背景をカバーするようなものであり、作品の一場面を深く掘り下げる気はさらさらない。しかしまあ、『憎しみ』自体に映画としても題材としても意義があるもので、それを軽視しているわけではなく、むしろ敬意を示したい。
 「運動」と「移民」を並列させるなど書いていて、奇妙で仕方がなかったが、これもまた、『憎しみ』ならではの論点である。

うーーん!!終わろ、終わろ、誰向けに何を書いたのか全くわからないものができてしまった。

ここまで読んでくれた人ありがとう!!

参考•引用文献、資料

・Kassovitz, Mathieu(Director).(1995)la haine.

◯はじめに
・中野裕二『フランス国家とマイノリティ-共和制モデル』国際書院(1996)。
・僕のネットサーフィンの感覚

◯1「市民の運動」


・中村督「第7章 フランス-5月革命-」西田慎・梅崎透『グローバル・ヒストリーとしての「1968」-世界が揺れた転換点-』(2015)。
・中村督「68年5月-ミシェル・ロカールと社会民主主義の発見-」『思想』5(2018)。
・西川長夫『パリ5月革命私論-転換としての1968年-』平凡社(2018)。
・クリスティン・ロス(箱田徹訳)『68年5月とその後-反乱の記憶・表象・現在-』航思社(2014)。
・Ravenel, Bernald ≪Mai 68, la divine : le PSU a l’assaut du ciel, ≫Quand la gauche se réinventait Le PSU, histoire d’un parti visionnaire, 1960-1989(2016).
・フランス人の友達のお話

◯2「移民」
・荒又美陽「移民の社会統合と排除-フランスの現状及び課題を中心に-」『移民労働者フォワイエから社会的居住へ-パリ周辺のアフリカ系コミュニティと「社会的混合」の意味-』明治大学学術成果リポジトリ(2011)。
・小山晶子「フランスの公教育と移民のアイデンティティ-政治空間の揺れ動く境界-」『東洋大学社会学部紀要2号50巻』(2013)。
・平出重保「フランスの移民政策の現状と課題~海外調査報告書~」『立法と調査no.293』参議院事務局(2009)。

・伊達聖伸『ライシテから読む現代フランス-政治と宗教のいま』岩波書店(2018)。
・坂井一成「フランスの移民」渡邊啓貴・上原良子『フランスと世界』法律文化社(2019)。(ちなみにこれはフランスについてのわかりやすいテキスト本ですね〜)Inseeのデータは坂井先生のテキストの表1から引用してます。

・鈴木規子「第13章 フランスのポルトガル系移民の学校適応」山本須美子編『ヨーロッパにおける移民第二世代の学校適応-スーパー・ダイバーシティへの教育人類学的アプローチ-』明石書店(2017)Inseeのデータ含め、ポルトガル系移民については鈴木先生のこの章を引用しております。
・フランスにいた先生から聞いたアパルトマンの管理人情報。

・村上一基「フランスにおける中国系新移民第二世代の統合とアイデンティティ ルーツを探求する高学歴の若者に着目して」『白山人類学』25巻白山人類学研究会(2022)。
・Cattelain, Chloé, Abdellah Moussaoui, Marylène Lieber, Sébastien Nguyen, Véronique
・Poisson, Claire Saillard et Christine Ta, Les modalités d’entrée des ressortissants chinois en France, Migrations études, 108(2002)の資料が手元に入らなかったため、村上一基「フランスにおける中国系新移民第二世代の統合とアイデンティティ ルーツを探求する高学歴の若者に着目して」『白山人類学』25巻白山人類学研究会(2022)。46頁から間接引用。
・La croix≪Racisme anti-asiatique en France, un phénomène mal identifié mais bien réel≫24 mars,2021.(https://www.la-croix.com/France/Racisme-anti-asiatique-France-phenomene-mal-identifie-bien-reel-2021-03-24-1201147341
・Geisser,Vincent ≪Asiatique travailleur versus arabe fainéant ?De l’essentialisme présidentiel à la réversibilité des mythologies migratoires≫Cairn.info.(https://www.cairn.info/revue-migrations-societe-2010-2-page-3.htm?ref=doi) 
・Kei Lam, Banana girl.(https://lebdolibrairie.com/products/Banana-Girl-Kei-Lam/prod_LV7HgvzPwTj7pi))
・宮島喬「第7章 統合か、排除か‐フランスにおける移民および[移民問題]とそれをめぐる政治的言説」宮島喬、佐藤成基編『包摂・共生の政治か、排除の政治か‐移民・難民と向き合うヨーロッパ』明石書店(2019)。



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