【上場企業創業者の本音】生き残るためのポートフォリオ・マネジメントのコツは?
高輪ゲートウェイ駅から再開発の喧噪を抜けて、ゆるやかな坂をのぼり泉岳寺を過ぎたあたりで、右手に縄のれんと杉玉が見えてくる。ぼんやりと灯籠のあかりにてらされた幻想的な店構え、店名は「亜晩灯」。
コロナでの営業自粛を経て、場所も品川から泉岳寺に移転。
新規オープンして、BARから庶民的な日常の酒肴を出すお店に。
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「オープンおめでとう。ご無沙汰しちゃったね、モギー」
ーーいらっしゃい!森川さん、泉岳寺の店にも来ていただいてありがとうございます。
「江戸時代にタイムスリップしたような店になっているね」
ーー池波正太郎にはだいぶ影響されました。
森川さんは「経営情報の大衆化」をミッションにしているアバントという企業グループの社長さん。
走ることと経営すること、数値データを活用して改善をするという活動が大好きです。
ーーこの店、日本酒と季節の酒肴にこだわった店がコンセプトなんですよ。
森川:おっ、期待しちゃうねぇ。
ーー今日は、山菜の女王こしあぶらの天ぷらと、神奈川の相模原で自社栽培米で醸造している、泉橋酒造さんの「とんぼ」のぬる燗です。
森川:さすが分かっているね。
ーーそういえば、森川さんに相談したかったことがあるんですよ。最近ウクライナの戦争の影響か、僕が持っている株が上がったり下がったりで、気が気じゃないんですよね。
森川:モギー、株やっていたんだ。じゃあ、「時価総額」って知っている?
ーーよくITのスタートアップが上場するときに話していますよね。
森川:そうそう、「株価✕発行済株式=時価総額」が大きければ、いろいろな投資家が注目するし、証券会社のアナリストがレポートを書いてくれたりするんだよ。
ーー時価総額、、、さてはウチの店を買収しようと・・・
森川:いやいや。1990年の時価総額ランキングと、現在の時価総額ランキングを見比べると、日本の企業が消えてしまったのはなぜかなって考えていたんだよ。
ーー少しは買収する気があるフリしてくださいよ。
森川:1990年と現在のランキングを比べると、時価総額ランキングに残っているのはトヨタだけなんだよ。その意味を深く考えて欲しいんですよ。
ーーうわっ、日本の企業がほとんど消えてしまったんですね。
森川:そう、何でだと思う?
ーーバブルが崩壊したことと関係あるんですか?
森川:もちろんそれも関係している。日本の不動産価格が異常に高騰したことで、PLに載らない含み益※1があるという投資家がたくさんいて、異常に株価を吊り上げた。もちろん不動産価格が下がれば株価も下がるので、実質的な価値ではなくて、まさにバブルだったんだけどね。
ーーなるほど!
森川:ただ、もっと本質的なことを言えば、時代の変化に事業を対応させる経営力がなかったんだと思う。
グローバルで見たときの時価総額ランキングの変化は、事業の成長を牽引している企業が、どういう種類のビジネスを持っているかの変化を示しているんだよ。
もちろんアメリカでもランキングからはずれた企業も多くて、それを代替しているのがGAFAMのような企業。これらのトップ企業の事業の入れ替えはすごくダイナミックなんだよ。
ーーうちのお店なら日本酒だけではなく、クラフトビールも売りにしていくってことですね。
森川:まあ、そういうことかな。企業が長く続くためには、いくつかの事業をやりながら、ひとつがだめになっても企業が倒れないようにしていくことが大切だよね。
そういう経営のやり方を、ポートフォリオ・マネジメントって呼んでいるんだよ。それがうまくできていないのが今の日本企業で。
じゃあポートフォリオ・マネジメントのコツとは一体なにかを紐解いていくと、「どのようなビジネスモデルを持っているか」と、それが「マーケットでどのようなポジショニングになっているのか」ということ。
ーーうちのお店もコロナ禍で、BARからこの居酒屋に業態を変化させました。
森川:うん、スピーディーな良い判断だったと思うよ。日本企業は、成長している産業へのポートフォリオの入れ替えが、世界のスピード感からすると、すごくゆっくりしているところに問題がある。
そこで、いま慌てて動いているのが、日本で起こっている状況なんだよ。ROEなどに株主が甘かった環境もあり、雇用の流動化にも規制があって、そこを意識的に加速する経営者はなかなか現れなかった。
本質的には、ビジネスモデルの変化をせざるを得ない構造を、どう作っていくかが重要になると思う。
ーーポートフォリオの「マネジメント」っていうからには、どのような事業をもっているかが大切なんですよね?次は、焼き鳥屋さんもやりたいんですよ。居酒屋と焼き鳥屋なら、共通点もたくさんありますし。
森川:そうそう。さすが商売人だ。ポートフォリオ・マネジメントをうまくやるために何が必要かと言うと、投資会社でいうところの「投資方針」がいる。
どんどん伸びている企業は、GEのように事業のポートフォリオを、市場のスピード感に合わせて、ためらいなく変えている。
事業会社ではないけれども、成功しているベンチャーキャピタルとか機関投資家も、投資方針が明確なところかなって気がする。
事業会社もそれを明確にしないと、シナジーのない分野の投資がいつの間にか増えてしまう。方針なしにポートフォリオをやろうと思うと、流行りものにどんどん引きずられていっちゃうところがあって。
ーーそうそう。僕もついクラフトビールに。
森川:クラフトビールにシナジーはあるのかな。それと、これまで話してきたパーパス経営やESGも、環境(Environment)に国が本気で規制をかけていくってことは、産業コストの転換が促されちゃうことを意味している。
そのとき、どこに張っていく必要があるかという、“トレンドを読むための「環境」”でしかない気がしているんだよ。
ーーわかるような気がします。クラフトビールはもともと地産地消の文脈で、感度の高い人たちに支持されてきました。最近はブームになりすぎて、ローカルなものからグローバルに消費されるものに変化してきている。僕は「クラフト」の本当の意味を考えて、なるべく地元の商品を仕入れるようにしています。
森川:そういう視点で非財務情報や未来のマーケットを理解する。そして、「資産を最適配分できているか、モニタリングするために何を見ていくか」がこれからはますます重要になってくる。
投資は、「見えていない未来をつくる」ために、考えなければいけないことが多い。そこで自分たちの歴史を振り返りながら、伸ばしていきたい事業を考え抜く。相当しんどいし、簡単じゃない。
ここが機関投資家やベンチャーキャピタルとの違いで、単純にお金を増やすためにどこに投資するかではない。社会に事業で貢献していくことを通して、企業価値をつくっていく場合は、考える必要のある変数が膨大になる。そのなかで張っていく領域を定めないといけないから、すごく難しいのは確かだね。
ーーモニタリングですか。どんなポートフォリオにするか、リターンだけではなく、経営者の意思や動機などが、投資家にどう見えるか?も大切なんですよね。
森川:そう。やっぱり志ありきなんだけど、お金がついてこない志はだめだよねっていうのは、すごく重要。
そこをちゃんと自分たちなりに探求して、組織としてのパーパスと経済性を連動させていかない限りは、ポートフォリオを見ても意味がない。
極端に志だけに寄せてしまうと、資本主義から社会主義に意識を変えるしかないといったレベル感になっちゃうからね。
ーークラフトビールは僕のパーパスと経済性のバランス点だったのかも。
森川:いや、組織としての志というより、儲け一辺倒の意思決定でしょ。
もっと本物の「志」と「経済性」を追求しないと。
ーーそうですね。日本酒もクラフトビールも水や原料が大事なので、もっとそのあたりを突き詰めて考えてみます。
じゃあ本物の鍋をどうぞ。軍鶏の臓物に牛蒡のささがきをたっぷり入れて『鬼平犯科帳』のレシピで作っています。
森川:「いつの世にも悪は絶えない※2」だな。鬼平になったつもりでいただくか。
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初夏の暑さに負けず、軍鶏の臓物を、汗をぬぐいぬぐい食べる男性を見つけたら、それは森川かもしれません。
「コーポレートガバナンス」と「クリエイティブな経営」の両立は遠く、厳しい道のりです。いつか約束の地にたどりつくことを祈って。『居酒屋・コーポレートガバナンス』隔週金曜日更新です。
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※1:含み益とは、株式や不動産などが購入価格(簿価)で帳簿に載っていることで、そういった資産の値上がり益が財務諸表に反映されていなかったことから、名付けられた。現在は「時価会計」が導入され、値上がりも値下がりも財務諸表に反映されるようになっている。
※2:池波正太郎の代表作『鬼平犯科帳』で、主人公の長谷川平蔵の決めゼリフ。軍鶏の臓物鍋は「五鉄」の名物。
語り手 株式会社アバント 代表取締役社長 グループCEO 森川 徹治
編集協力/コルクラボギルド(文・角野信彦、編集・頼母木俊輔 イラスト・北村侑子)
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