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社会に与える真のインパクトは、自分自身の「痛み」から始まる──松永エリック・匡史さん特別講義 お茶の水女子大学寄付講座レポート後編

お茶の水女子大学で10月に開講した、アバナードの寄付講座。今回は、青山学院大学地球社会共生学部長の松永エリック・匡史さんをお招きして実施された特別講義の続編をお届けします。

*前編はこちら

アートとデザインの違い、アウトプットの喜び

前編でエリックさんは、アーティスト思考に辿り着いた経緯や、VUCA時代のさまざまな出来事に起因する私たち一人一人の価値観や仕事観の変化について解説した上で、アーティスト思考とアート思考、デザイン思考との違いについて語りました。

エリック「『デザイン思考』は仕事を発注する顧客がいることで初めて成立する、課題解決型の思考法。納期や予算などの制約の中で、クライアントの抱える課題を解決するために設計されます。
 
対して、アーティスト思考はもっと直感的。そもそもアートというのは一人称、つまり表現者自身の感性や直感、思いや官能を土台に作り上げていくものであるのに対し、デザインは自分以外の誰か、クライアントや友人、恋人のために設計図を書いて、それに基づいて作っていくもの、という根本的な違いがあるんです」

エリック「人間の感性というのは、時に絶対的な法則すらも超越します。音楽の基本となる音階もその一つの例です。
皆さんがよく知っておいるドレミの音階は、古代ギリシャの哲学者・数学者のピタゴラスが発見したもの。ピタゴラスは数学的な亜アプローチで弦の長さと音の高さとの関係を研究し、音程間の比率を整数で表現できることを突き止めました。これが音楽理論の基礎となり、さらにさまざまな楽器や声楽における調和を追求する上での基礎にもなっています。

その後ピタゴラス音階は『純正律』に発展し、12音階を等間隔に分割する『平均律』に辿り着きました。平均律は、半音ごとにすべての音程が等しい音程の間隔で分割されています。これに基づいた調律法により、どの調性でも演奏や作曲が容易になり、調性間の移行が滑らかに行えるため、西洋音楽において広く使用されています。ですが、人間の感覚はこの均等な音階を超越したところで響きの心地よさを感じ取るので、オーケストラや合唱などでは平均律とは異なる『純正律』が使われるのです。

世界的に有名な画家・藤田嗣治も、非常に化学的なプロセスから恐ろしいほど美しい奇跡の乳白色と言わしめた白い肌を描いたことで知られています。あの乳白色に至るまで、果てしない道のりの中でどれだけのコストがかかったことか。限られた予算の中で要望に応える“デザイン”ではなく、採算を度外視して自分の作品のために追究する“アート”だからこそ、あの色が生まれたわけです」
 
一方、藤田嗣治には“デザイナー”の側面もありました。日中戦争が終わり、日本に強制送還された後、彼は戦争画家として、当時まだ発達していなかった写真に変わって戦争を伝える絵を描いています。その後、絵本の制作にも取り組んだ藤田は、デザインの楽しさ、誰かのために描く喜びについても語っています。アーティストとデザイナー、それぞれに異なるアウトプットの喜びがあると、エリックさんは語ります。

痛みを感じることが“自分ごと化”の第一歩

誰かを満足させるためのデザイン思考は、極めてビジネス的な考え方。アーティスト思考は、もっと多角的な視点から自分を表現したいというところが起点になっています。この違いを示した上で、最後にエリックさんは、これから社会課題に取り組む学生たちに向けて、ソーシャルイノベーションにもアーティスト思考が必要である理由を伝えました。
 
エリック「ソーシャルイノベーションで本当に大切なことは、自分の『痛み』。ある社会課題に対して、自分は何に痛みを感じているのかを自覚し、その痛みを和らげるために何をするべきかを考えることが重要です。受け身の姿勢ではなく、自分に目を向けて、一人称の視点で行動につなげていく。アーティストがクライアントではなく自分のために創作活動をするように、誰かのために必要だからやるのではなく、自分が課題に対して覚えた切実な痛みを取り除くために行動する。こういう意識を学生のみなさんにはぜひ、身に付けてほしいと思います。
 
私が最も尊敬するアーティスト、マイケル・ジャクソンは、人種差別や環境問題に対して音楽でメッセージを届けた社会活動家でもありました。彼は自分の子どもと街中を歩いていた時、子どもと肌の色が違うことで『本当にあなたの子どもなの?』と他人に言われたエピソードをきっかけに『Black Or White』という曲を創りました。ミュージックビデオの最後、当時画期的だった技術『モーフィング』を使って、世界の人種は一つであることを訴えました。
 
もう一つ、1995年の『Earth Song』という曲もぜひ、MVを観てほしい名作です。『私たちはどれだけ地球環境をぞんざいに扱ってきたのだろうか』というマイケルのメッセージに共感することができるか。
地球環境が危機的な状況にある、ということは誰しもが知っていることではありますが、なかなか自分ごとと捉えてアクションにつなげることは難しい。だからこそアーティスト思考で、自分自身が痛みを感じるところから、社会課題を自分ごととして考え、真のインパクトを生み出すことが始まると思います」

特別講義を終え、受講生のみなさんには今、世界に何が起きているのか、自分が本当に痛みを感じる課題についてリサーチする、という課題が提示されました。アーティスト思考についての講義を経て、学生たちによる社会課題に対する取り組みはどのように進化していくのか。今後も定期的に講義の模様をお届けしていきますので、ぜひご期待ください。


アバナードのコーポレート シチズンシップのミッションは、若者や過小評価されているコミュニティや環境に、持続可能な影響を与えることです。また、アバナード ジャパンの活動では、社会課題の解決に取り組む「チェンジ メーカー」を支援することを大切にしています。今後も社員も、会社も、受益者と共に豊かに成長していく姿勢で、持続可能な社会を創る 「新たな価値創造」に挑戦していきます。

アバナード(株) コーポレートシチズンシップ 日野紀子
編集協力:SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSさん
撮影:村上悦子さん


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