同窓会スピンオフ・ぬくもり

 昨夜降っていた雨も上がり、強い日差しの中、櫻井は居酒屋「気楽屋」に向かう。「気楽屋」は櫻井が職場から家へ帰る途中にあり、昨日もにぎわっていたのを彼は見た。しかし、今朝は打って変わって物々しい雰囲気が漂っている。入り口には黄色いテープが張ってあった。見張りの巡査に警察手帳を見せて、櫻井は中に入る。現場は奥の大広間。事件は昨夜ここで行われた同窓会で起こったらしい。大広間ではすでに現場検証が始まっていた。
 犯人である宮本早苗は昨夜、自ら出頭してきた。彼女の証言によって事件の概要は大体わかっている。鑑識作業も昨夜、彼女の自首後に行われ、被害者たちの死因は塩素ガスによる中毒死だということも判明していた。今日の現場検証の目的は、犯人の証言と食い違うところがないかを探すことだ。櫻井は、居酒屋の従業員から話を聞くことにした。
 検証後、櫻井を始め刑事たちは署に戻り、捜査会議を開いた。
「従業員の話によると、昨夜同窓会に参加した人数は26人だったそうです。しかし、亡くなっていたのは21人。被疑者の宮本早苗を抜いても4人足りません」
 櫻井はそう報告した。彼の上司が手元の資料を見て口を開く。
「そのことなんだが、『自分はその同窓会の参加者だ』と名乗る電話がかかっているそうだ。塩素ガス発生の前に店を出た人間が、早苗を除いて4人いるらしい。その4人に、話を聞きに行ってくれないか」
 櫻井と彼の同僚の刑事が一人、事情聴取を命じられた。生き残った4人の名前は、田浦まりえ、吉沢健太、黛真奈、磯田洋太郎。そのうちまりえと吉沢は同棲していて、家も署に近い。また磯田洋太郎の家も署とはそこまで離れていなかった。
「俺が署に近い三人を回るから、櫻井は黛さんのところ」
 そう分担し、櫻井は車に乗って黛真奈の住むアパートへと向かった。
「すみません、警察の者です。気楽屋で起こった事件についてお話をお聞きしたくて伺いました」
 真奈は櫻井の顔を見て一瞬、傷ついたような表情をみせたが、彼を部屋に通してくれた。真奈はニュースを見て事件を知り、同じくニュースに驚いていた友人たちと相談し、警察に連絡したのだという。
 櫻井は、宮本早苗から聞いた事件の概要を話した。あらかた話し終え、真奈に質問をする。
「今回の同窓会を企画したのは、黛さんですか?」
 真奈はこくんとうなずく。
「早苗ちゃんから聞いてますか?マスコットの事件。その事件の真相を明かすために、彼女が働いている店を会場にしたんです」
 真奈は同窓会の計画から事件に至るまでのことを、ぽつぽつと話した。ショックなのだろう、顔色は悪く、憔悴しきっている。
「私が事件の真相を明かそう、なんて持ち掛けなければ、事件は起きなかったかもしれないのに…」
 涙する彼女を見ていられなくて、櫻井はそっと顔を伏せた。
 署に戻ると、上司が事件関係者の写真を机に並べているところだった。櫻井は一枚の写真に目を留めた。それは生き残りの一人、吉沢健太だ。櫻井と吉沢の顔はどことなく似ていた。櫻井の顔を見て真奈の顔がゆがんだのは、吉沢似の彼に昨夜の事件や中学時代を重ねたからかもしれない。
 普段は事件が起きると、櫻井を含め多くの刑事は解決まで署に泊まり込むことが多い。しかし今回はすでに犯人が分かっていて後は裏を取るだけなので、櫻井は家に帰った。
 家に着くと恋人の友梨が出迎えてくれた。今回の事件を思うと重苦しい気持ちになるが、笑顔を作る。
「ただいま友梨」
「大輔君おかえり。大丈夫?嫌な事件でもあった?」
「うん、まあ、ちょっと。気楽屋の事件、ニュースで見たでしょ」
 ニュースで出ている以上の情報を明かすわけにはいかなかった。刑事には守秘義務があるからだ。
「大勢亡くなった事件ね。私と同じくらいの年齢の人が沢山…」
 友梨の顔は曇った。彼女に櫻井は笑いかけた。
「でも犯人分かってるし、心配いらないよ」
「そう。じゃあ、ご飯にしようか」
 友梨の料理は栄養バランスがよく、なによりおいしい。明日からの捜査も頑張れそうだと、櫻井は思った。
 食べ終えると、夕食を作ってくれたことへの感謝を込めて、櫻井は友梨の頭を撫でた。子ども扱いされているように感じたのか、彼女は少しムッとした顔をした。しかしすぐに笑顔になる。その顔が愛おしくて、彼は友梨を抱きしめた。
 今回の事件で、多くの人が亡くなった。被害者たちにも家族や友人や恋人がいたことだろう。人のぬくもりを感じていただろう。だがもう永遠に、生きている姿で会えることはない。そう被害者とその周囲の人に想いを馳せる。事件が起き誰かが亡くなるたびに、今の自分には手の届くところに、友梨というぬくもりがいるのだと思い、櫻井は少し安心するのだった。
「大好きだよ友梨」
「私も好き、大輔君」
 友梨はちょっと笑って櫻井の頭をなでる。刑事はいつ何があるかわからない危ない仕事だ。特に殺人や強盗を担当する櫻井たちならなおさらだ。少しでも長くこのぬくもりが続きますように。そう願いを込めて、彼は大切な恋人をもう一度抱きしめた。

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