同窓会⑤(最終話)

 次の日、黛真奈は自宅マンションで刑事と対峙していた。刑事が吉沢を彷彿とさせる美形で、昨日のことを思い出し辛くなる。あれは紛れもない悲劇だった。
「塩素ガスを発生させたのは、宮本早苗さんで間違いありません。店の洗剤を二種類、混ぜたそうです。あの『混ぜるな危険』ってやつです。店を出る前に、急いで混ぜて会場に置いていったと」
刑事は告げた。あの時の様子から予想していたことだが、改めて言われると衝撃が胸に響く。
「今回の同窓会を企画したのは黛さんとのことでしたが、趣旨は何だったんですか」
「10年前に、クラスメイトのストラップを切ったとして濡れ衣をかぶり、姿を消した生徒がいたんです。その子の、無実を晴らすため、私が企画した集まりでした」
「その子が、宮本さん」
「ええ、そうです」
落ち着いて答えようとするが、うまくいかない。
「3か月くらい前に、宮本さんに再会したんです。その時、彼女の口から事件の真相を聞きました。彼女はやはり濡れ衣を着せられていた。先生に騙された、と」
刑事はまっすぐ目を見て頷いた。
「それで10年前の真相を明らかにし、先生に反省してもらうため、みんなを集めた。会場は早苗ちゃんが働く店にして、彼女にもいてもらおうと。私が真相を話した後、もっとも強力な証人の早苗ちゃんに出てきてもらうつもりで。早苗ちゃんの親友の田浦まりえさんには、彼女の出欠を聞かれました。あの時は来ていないと嘘をつくしかなかったけれど」
「そうだったんですね。……実は宮本早苗さん、自ら出頭してきたんです」
あの落ち着きはらった態度は、もう腹を決めていたからなのか。昨夜のことを思うと、吐き気が込み上げてきた。
「いじめっ子や先生から暴力を振るわれても、刺し違える覚悟はできていた。彼女はそう言っていました」
刑事は淡々と語る。真奈にできるだけダメージを与えないよう、気を遣っているのかもしれない。
「宮本さんと会うことはできないのですが、彼女の調書を持ってきました。読みますか?」
「お願いします」
そこには早苗の赤裸々な思いが書かれていた。人間不信になり、学校にもろくに行けず、就職したのはブラックな居酒屋だったこと。自殺未遂を繰り返したこと。死にきれず、生に執着している自分に幻滅したこと。真奈に再会し、冤罪だと告白し、同窓会の計画をしたこと。当日、あまりの反省のなさに、彼らを殺そうと思い立ったこと。そのために矢坂と中原亜美の飲み物に、同僚が使っている睡眠薬を入れたこと。自分はある日突然いじめられだした。それと同じように、いじめていた奴にもある日突然不幸が来ると知らせてやりたかったということ。いじめなかった四人は助けたいと思ったこと。塩素ガスは、自分が最後に自殺未遂をしたとき、使おうとした手段だったこと……。
真奈は読み終えてため息をついた。この事件をどう処理したらいいかわからない。頭は混乱していた。
「宮本早苗はなぜ、磯田さんを生かそうとしたんでしょう」
刑事が呟いた。
「彼がストラップを壊さなきゃ、彼女は姿を消さずに済んだかもしれないっていうのに。俺が宮本さんの立場だったら、正直に名乗り出たところで許しません」
真奈は昨晩の早苗の顔を思い浮かべた。一つ、思い当たる理由があった。
「もしかしたら、一生彼を苦しめるためかもしれません。『自分にも責任があるのに、自分は助かってしまった』。その思いは、消えることはないはずですから」
 刑事が帰った後、真奈に電話がかかってきた。相手は吉沢だ。
「中原亜美が、俺のこと好きだったって、まりえから聞いた」
 まりえと付き合いだす前、吉沢は幼馴染でもある早苗と仲が良かった。それが悔しくて、亜美は早苗をいじめだしたそうだ。それに周りが乗っかる形で、いじめがエスカレートしていった。
「亜美さんにも、同情すべき理由はあったってことなのかな……」
 そう考えると、亜美もどこかかわいそうに思えてくる。最初はただ吉沢のことが好きなだけだったんだろう。いじめさえしなければ、今も笑って過ごしていたかもしれないのに。
 電話を切って、真奈はため息をついた。思い出すのは同窓会での自分の言動だ。矢坂にほめられて嬉しいと思ってしまったこと。矢坂の左手を見てしまったこと。矢坂と話していると体温が上がったこと。学級委員をしていたのだって、矢坂の目に入りたかったのかもしれない。
 早苗から事件の真相を聞いたとき、それが嘘や冗談であればいいとどこかで思っていた。矢坂が黒幕だなんて、信じたくなかった。でもそれは本当だった。
「亜美さーん、私も、失恋したよー」
 ふざけたように言ってみたが、涙が出てきた。自分が企画した同窓会で悲劇が起きた責任感からか、ただただ事件が起きたことを悲しんでいるのか、矢坂が犯人だったことにショックを受けているのか、わからなかった。
 真奈はただ、はらはらと涙を流し続けた。

おわり

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