同窓会スピンオフ「後輩のマユの話」

 福岡県某所にある会社。ここが私の職場だ。
「羽田野さん!」
 先輩に呼ばれ顔を上げる。
「これ、コピーお願いしていい?僕、今手が離せなくって」
「わかりました」
 コピー機へと向かう途中、後輩の黛真奈とすれ違った。顔色が悪い。
「マユ、大丈夫?」
 黛真奈だから、マユ。私がつけたあだ名だ。
「ああ、美里さん。大丈夫です」
 そういわれたが明らかに大丈夫そうではない。
「無理しないでよ」
「ええ」
 黛は小さくうなずいて去っていく。あの顔色も無理はない。半年前に彼女が巻き込まれた事件について、詳しくは知らないが、概要程度ならば知っている。部外者からすれば「もう半年たった」でも、きっと彼女にとっては「まだ半年しか」たっていないのだろう。
 彼女が幹事として計画した同窓会で、殺人事件が起こった。どうやら黛は、中学の頃に濡れ衣を着せられ、行方不明になった友人の汚名をはらすために会を企画したらしい。しかし同窓会で殺人事件の犯人となったのは、件の濡れ衣を着せられていた女の子だったのである。黛とその他数名は犯人によって助けられ、残りの者は死亡ないし重傷。痛ましい事件だ。
 正直、私が知っているのはここまでだ。汚名を着せられた友人が犯人で、黛が同窓会を企画したことは、上司から聞いた。残りの情報はニュースで報道されていたものだ。上司の話が本当なら、彼女にも責任の一端はある。クラスメイトに恨みを抱いているであろう友人を、同窓会に引き出したのは黛なのだ。黛は友人が暴挙に出る可能性を考えなかったのだろうか。あの頭のいい子が、思い至らないはずはないのだが。
 友人を信じていた?復讐をするような子ではなかったから、黛は同窓会に彼女を連れて行ったのかもしれない。まあ私自身は、犯人となった黛の友人の性格は知らないから何とも言えない。
 上司からは、黛を気にしてやってくれと言われた。
「羽田野くんは黛くんと親しいだろう。僕も気にかけてやりたいが、限界がある。頼む羽田野くん」
 なんて、頭を下げられた。
 もともと黛とは、彼女の入社当初からよく話す仲だった。私によく懐いてくれ、仕事の覚えもよかった。人当たりのいい、優しい子で、あれでは気に入るなという方が無理だろう。
「晩御飯にでも誘うか…」
 おいしい食事を食べてリラックスすれば、少しは気分も晴れるかもしれない。そう思って黛を探せば、トイレに行っていたのか、彼女はフラフラとした足取りでフロアに入ってくるところだった。暖房は効いているのに、厚手のパーカーを着ている。黛が自分の机に座ると、隣の席の小山が心配そうに声をかけた。
「真奈ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です」
 私は我慢ならずに黛の机に駆け寄る。そりゃ、大丈夫?と聞かれれば大丈夫じゃないと答えにくい気持ちはわかる。しかし黛の顔は青白く、服装も室内にしては厚着すぎる。寒気がすると言っているようなものじゃないか。私はきつい口調で言った。
「マユ、今日は早退しなさい」
「え…」
「え、じゃない。休みなさい。あなた、顔色悪いの、気づいてないの?」
「大丈夫です。忙しい時期ですから、休むわけには」
 黛は強情だ。なかなか帰ろうとしない。確かに、体調が悪そうでも、働きぶりはいつもと変わっていない。
「ちゃんと許可は下りるはず。いいから休むの。もしインフルエンザだったらどうするの?みんなにうつったらそれこそ迷惑」
「違います。インフルエンザじゃありません」
 食い気味に返される。私は彼女の額に手を当てた。ものすごく熱い。かなり熱があるはずだ。
「熱あるでしょマユ!」
 私の声に人が集まってくる。
「黛くん、早退決定だな」
 先輩が言う。
「それより、こんな状態で帰れるの?」
 小山がつぶやいた。
「私、病院に連れていきます。インフルエンザの可能性もあるんで」
 私は大きめの声で言った。部長がすぐに許可を出してくれる。黛はもう、何かに捕まらないと歩けないほど弱っていた。私が彼女を支えて車まで向かう途中も、何人もの人が心配そうにこっちを見ていた。
「よかったね、愛されてるよ、マユ」
 彼女は答えなかった。死んだように眠っている。黛を助手席に押し込んでシートベルトをした。彼女にかかりつけの病院があるか知らないので、私がよく行く病院に連れて行くことにした。夫婦で眼科と内科をやっているところで、目の悪い私はよく眼科の方にお世話になっていた。捕まらない程度に飛ばし、病院の駐車場に車をつける。黛を起こして、ふらつく彼女に手を貸してやる。
 病院はとても空いていた。待合室の椅子に黛を座らせると、私は代わりに受付を済ませようと内科のカウンターに向かう。
「あら、羽田野さん」
 顔なじみの看護師(確か、田浦さんだったか)に挨拶され、会釈を返す。
「風邪ひかれたんですか?」
「いえ、私の同僚が会社で体調を崩しまして。かなり辛そうだったので、私が病院に」
「そうでしたか。その方はどちらに?」
 あそこです、と黛を指さすと、看護師は驚きの声を上げた。
「真奈ちゃん!」
「知ってるんですか?」
「中学の同級生です」
 看護師は黛に駆け寄る。何か話しているらしい。看護師は慣れた手つきで書類に記入すると、彼女を診察室へ案内した。

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