同窓会②

 スクリーンに「あなたにとっての思い出の一枚はありましたか?」とクラスの集合写真をバックに文字が表示された。スライドショーが終わったのだ。みんなからは拍手が起こる。
「すごいよ、黛! これ全部作ったの?」
 吉沢が聞いてきた。ええ、と控えめに答える。
「さっすが、黛真奈だな。みんなの期待にしっかり応えた」
 真奈は曖昧に頷いた。吉沢の言葉で昔言われていたことを思い出し、辛くなる。さすが真奈ちゃん。あなたなら信用して任せられる。君にお願いしてもいいかな?
 真奈はプレッシャーに弱かった。学級会でみんなの前に立つときなど、頭が真っ白で倒れそうになるほどだった。何度倒れまいと足を踏ん張ったことだろう。信用して任せてくれるのはうれしい。でも期待をかけられすぎると、時々プレッシャーに押しつぶされそうになった。私はそんなにしっかり者ではない。みんなが思っているような人間ではない。そう思った。それでも頼まれたことを断ったり、期待を裏切ることは、真奈のプライドが許さなかった。
 そうやって彼女が思い出に浸っている間にも、スライドを称賛する言葉が投げかけられる。
「いよっ、学級委員!」
「真奈ちゃんすごーい!」
「よくやったな、黛君」
 矢坂もほめてくれた。ほめるときの文句は変わっていない。よくやったな、黛君。よくやった、よく頑張った。矢坂の声が頭にこだまし、ほめられて嬉しいということしか考えられなくなる。それを止めたのは皮肉に満ちた真奈自身の心の声だった。よくやったのは、今思えば。
「それでは、各々おしゃべりしててください。ちょっとしたゲームを用意してるので、準備ができたら呼びます」
 我に返った真奈が言うと、みんな素直に歓談にもどった。彼女には、心の準備が必要だったのだ。真奈は深呼吸をし息を整えてから、同窓会の輪を見渡した。相変わらず大笑いする洋太郎。まりえと吉沢は仲良さそうにしゃべっている。みんなの間を渡り歩く矢坂。亜美は孤立している。かと思えば持ち前の強気な口調で気弱そうな店員に文句をつけている。
「あんた、もうすこしきちんと喋りなさいよ! 早苗みたいでムカつくのよ!」
 真奈はため息をつく。きっと今の真奈の周りには、近寄りがたい空気が漂っているだろう。ワイングラスを持つ手が震える。これから起こるであろうことを考えると、お酒の一杯でも飲まなければやっていけなさそうだった。でも、酔ってはいけない。ありのままの自分でぶつかるんだ。落ち着け、と自分に言い聞かせる。
 私は今日まで懸命に準備をしてきたんだ。彼女は思う。こんなことをしていいのかと、ずっと迷っていた。あの事件の真相を明かしたいのは確かだ。でももう忘れている人もいる。思い出したくない人もきっといるだろう。これはただの自己満足ではないのか。あの事件の真相を明らかにしたところで、今更何が変わるというのだ?
 自問自答を繰り返し、真奈はようやく結論にたどり着いた。あの事件から10年経ったといえ、まりえや吉沢のように気にしている人、未だに容疑者を罵り続ける亜美のような人もいる。この際みんなの心のわだかまりを、取り除いてもいいのではないか。これが真奈の出した答えだった。真奈はあの事件について話そうと思っている。いきなり切り出すと反発される恐れがある。ゲームがあった方が、話に入りやすいだろう。
「それではお待たせいたしました。ゲームを始めます!」
 真奈はみんなに聞こえるように叫ぶ。学生時代、よく通る声だと褒められたものだが、いい加減声を出すのに疲れていた。あと少しだ、と気持ちを奮い立たせる。
「ゲームの内容を説明します! これからみんなには、一人一つずつ質問を考えてもらいます! みんなに聞きたいことでもいいし、個人に向けたものでもオッケーです。聞かれた人は、絶対に答えないといけません。公序良俗に反する質問は禁止ですが」
 公序良俗に反する、という言い方が面白かったらしく、ドッと場が笑いに沸いた。
「この際、聞きにくかったことを聞いてみませんか? これをきっかけに、何かが始まるかもしれませんよ!」
 おおっと期待の声が上がる。五分間のシンキングタイムを取る旨を告げ、真奈は会場の隅の椅子にへたり込んだ。始まったのだ、もう後戻りはできない。彼女を心配する者は誰もいない。みんな質問を考えるのに夢中なのだ。疲れている姿を見られたくないから好都合だが、この注意散漫さがあの事件を生んだのかもしれない。真奈は考えに沈んでばかりで、あまり元クラスメイトと話していないことに思い当たった。
 参加者たちは皆思い思いに聞きたいことを考えている。どんな質問が飛び出すのだろうか。中学時代、色々な思い出があった。まりえや吉沢には、今でもラブラブなのか、なんて聞く人がいそうだ。亜美の発言のこともあるから、あの事件についての質問も出てくるはずだ。そうなれば真奈が話を引き取るつもりだった。そろそろ五分が経つ。真奈は椅子から立ち上がってゲーム開始を告げた。
 質問は出席番号順で回すことになり、その順番で輪になって並んだ。有田という絵の得意な子からスタートだ。彼にはずっと気になっていたことがあったそうだ。
「矢坂先生と牧野先生、付き合っていたって本当ですか?」
 ニヤニヤしながら、当時の噂を引っ張り出してきた。牧野先生は美人で、学校のマドンナ的存在だった。真奈の胸が、小さな氷を入れられたように冷えた。
「あ、話題になってたよなあ」
「牧野先生のファンはガッカリしてましたよ」
「またまた古い話を持ってきたな」
 みんなが口々にしゃべりだす。真奈は矢坂に答えを促した。
「いや、付き合ってなかったよ。ただ牧野先生とは昔からの知り合いで、勘違いされることも多かったな」
 矢坂の答えに、一同ため息をもらした。なんだ、つまらない、という反応がほとんどだ。ゲームは淡々と進めなければならない。次は磯田洋太郎の番だ。
「吉沢と田浦さん、いつから付き合ってたんだ?」
 吉沢は面食らっている。まりえは恥ずかしそうに顔を伏せた。一瞬で気を取り直した吉沢は、イケメンスマイルを作り、こう答えた。
「あの劇の直後からさ」
「告白はどっちから?」
 重ねて洋太郎が聞く。
「どちらからともなくって感じよ」
 まりえも答えるが、顔が真っ赤だ。
 今もラブラブだろ? と洋太郎がからかうように訊ねると、二人は顔を見合わせたあと揃って頷いた。ヒューヒュー! と周りは囃し立てる。思ったよりも穏やかに進んでいる。今のところ悪い意味での爆弾発言は飛び出していない。
 その後も、順調に進んでいった。恋愛系の質問もあれば、今だから言える中学生の時の秘密、を全員に聞いた人もいた。まりえは修学旅行での面白い出来事を教えて、という当たり障りのない質問をしたが、吉沢がお寺を見るのに夢中で池に落ちた、と答えた瞬間、会場が笑いに包まれた。あの時は焦ったぜ、とかっこつけて付け足したので、もっと笑いが起きる。
 まりえは笑いながら次の戸田夕華に振る。戸田の質問が終わり、自然と次の人物に全員の視線が集まる。中原亜美だ。注意しなければわからない程度に場がざわついた。それに気づいているのかいないのか、亜美はきつい顔つきで立っている。みんなが楽しんでいるのが許せない、めちゃくちゃにしてやりたい、という顔に真奈には見えた。
「みんな、クラスで嫌いな人は誰?」
 案の定、彼女の質問は穏やかではなかった。声は質問の内容のせいか低く、不思議な迫力があった。まるでその場から逃げてはいけないと宣告するような。
 同窓会会場は再びざわつく。この質問は『公序良俗に反して』いる。そう思った真奈は亜美を注意した。しかし亜美は怯まない。
「いいじゃん真奈ちゃん。もう滅多に会うことのない仲間なんだからさ、何聞いたって」
「人を傷つけるような質問は禁止したはずだぜ」
 吉沢が亜美をにらみつける。怒っていても見とれるほどの美形だ、とぼんやり真奈は思った。
「学級委員が二人して、いい子ぶってるつもりなの?」
 いっそう棘のある声で言い返される。真奈は深く真剣に考えた。このまま本題に入ってもいいだろうか。嫌われていた、といえば真っ先に宮本早苗が浮かぶ。クラスのほとんどの人間にいじめられていた、いじめられっ子。いじめなかったのは、真奈とまりえと吉沢、洋太郎くらいだ。
「私の嫌いな人は、早苗だよ。想像ついてると思うけど」
 亜美は言う。予想通りだ。
「あんたたちも嫌いな人くらいいるんでしょ? そうやって黙ってるのが、一番ムカつくんだよ!」
 亜美の声に促されたのか、とある男性が口を開いた。亜美と一緒になって、早苗やまりえをいじめていた子だ。
「俺も早苗だよ。あいつを好きな人なんかいねえよ」
『〇〇を好きな人なんかいない』。嫌われている子がよく言われる、いわば常套句だ。真奈も周りを口うるさく注意していた小学校時代、言われたことがある。
 やめなよ、と注意の声が上がるが、そう言っているほとんどの人間が早苗をいじめていたことを真奈は知っている。白々しい光景だ。
「あんな事件を起こしたんだもん。嫌われても無理ないよね」
 亜美の腰巾着的な存在だった女子生徒がせせら笑って言う。みんなの反応は、亜美たちに同調する者、真奈と吉沢に同調する者に二分された。真奈は話を進める決意を固めた。
「亜美さんたちは、早苗ちゃんが嫌い。それは早苗ちゃんがあの事件を起こしたから。そうよね」
 真奈は聞きやすい声を心掛けて喋る。亜美と周囲の子は肯定した。
「あの事件をもう一度検証してみましょう。事件の真相に納得していない人もいるしね。このまま同窓会を終わるのは、後味が悪いんじゃない?」
 言い終えてみんなを見た。無言だが、明らかに嫌がっている人はいなさそうだ。それぞれの顔に好奇心が見え隠れしている。
「それではまず、事件概要の確認から……」

つづく

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