同窓会③

 舞台は中一の冬、十二月初旬の文化祭が終わってしばらくたった日のことだ。
「あの日、戸田夕華ちゃんが帰りの会の直後に、大声で叫んだのよね」
 その日は雪が降っていて、何センチか積もってもいた。気温は氷点下、帰り際になっても雪は解けていなかった。矢坂先生は配るはずのプリントを職員室に取りに行っているから、帰れない。鞄に荷物を詰めたり、窓の外を眺め帰れるか心配したり、部活の準備をしたり、各々好きなように過ごしていた。突如、大声が響き渡る。
「あたしのストラップ壊れてる!誰かが壊したのよ!」
 戸田夕華が涙ながらにストラップを握りしめ、叫んでいた。
「この前からない、ないって思ってたけど、こんなことになってるなんて……」
 戸田の肩が震えだした。ストラップは猫のキャラクターのものだった。彼女はそのキャラクターが大好きだというのは、クラスのみんなが知っている。猫の手足が無残にちぎれ、ぶら下がっているのが遠目でも分かった。仲良しの女子生徒が寄り添って、泣かないでと慰める。
「犯人は誰よ! 名乗り出て謝りなさいよ!」
 彼女はなおも泣き叫ぶ。それを見かねたまりえが声をかけた。
「戸田さん、どうして壊されたって思うの?」
 踏み込んだ質問だが、まりえなら許されるような空気があった。一部からいじめられていても、彼女は性格の良さで一目置かれていたからだ。
「だって、この子の服切れてるじゃない! ハサミで切らないとこんなに滑らかにはならないよ!」
 確かに猫の服が切られている。服全体に斜めにハサミを入れたみたいだ。職員室から戻ってきた先生は驚いた。真奈は生徒を代表して今の状況を説明する。
「よしわかった。このことについて知っていることがないか、話し合う場を持ちたいと思う。でも今日は遅い。戸田君も混乱しているしな。明日話し合おう」
 それを聞き、不安そうに生徒たちは帰っていった。

「その日のことで私が見たのはここまで。うちの部の部活はなかったから、帰ったしね。何か付け足しはある?」
 真奈が話し終えると、一同感嘆したようにため息をつく。
「よくそこまで覚えてるな」
 小声で吉沢がもらした。
「記憶力には自信がありますから」 
 うっすらと笑みを浮かべ、答えた。補足はないようだ。

 次の日、戸田夕華はボロボロになったストラップを後生大事に紙に包んで持っていていた。犯人を探す証拠というよりも、切られても手放し難かったのだろう。
 前の日にあんなことがあったとは思えないほど、クラスの空気は穏やかだった。その時の真奈はいつもと変わらない雰囲気にイラついたが、後にして思えばみんな昨日のことを話すのが怖かったのかもしれない。その日の帰りの会は緊急ミーティングとなった。
「戸田君のストラップについて、何か知っている人はいないか」
 矢坂が生徒たちに呼びかける。誰も何も言わないが、数人はちらちらと早苗の方を見ている。意見が出ないので仕方ないと思ったのか、矢坂は最終手段を行使してきた。
「全員顔を伏せて。やってしまった人は正直に手を上げろ。誰かが名乗り出るまで帰れないからな」
 みんな恐る恐る頭を下げた。そのまま何分が経過しただろうか。息苦しく、永遠にも思えた時間だった。先生の大げさなため息が聞こえた。ため息の理由が諦めなのか、安堵なのかはわからない。少しの沈黙の後、先生の声がした。
「わかった。今名乗り出た人と戸田君は後で職員室に来るように。あとの人は帰ってオッケー」
 もちろん犯人の名前は発表されない。誰なんだろうと犯人以外の全員が気にしていたはずだ。後ろ髪を引かれるような態度で、教室を後にした。

「その日のことはここまで。どうかな?」
 真奈はまたしゃべり終えて一息ついた。
「確かに、私たちのクラスはあの日、穏やかだったよね」
「早苗ちゃんの方を見てた人も割といたな」
「あれは、彼女が疑われてたってこと?」
「クラスのほぼ全員が、彼女に何かされる理由はあっただろ」
 吉沢がクールな声で呟いた。周りにいた数人が振り返る。
「どういう意味?」
 その中の誰かが聞いた。
「宮本早苗はクラスの多くの人から嫌われ、いじめられていた。動機は十分だろ」
「だからってどうしてあたしのストラップが、壊されなきゃいけないの!?」
 吉沢の言葉で何かのスイッチが入ったのか、戸田夕華はストッパーが外れたように大声で叫ぶ。その声はほぼ悲鳴に近い。
「だって戸田もいじめてたじゃないか。俺、何回も早苗をかばったから覚えてる」
 彼は戸田に近づき、顔を覗き込んだ。
「いじめてなんかない! 適当なこと言わないで!」
 顔を真っ青にし、目に涙をためて、戸田は吉沢をキッとにらみつける。そして吉沢を突き飛ばした。彼はよろめいて椅子に寄り掛かったが、転びはしなかった。
「もうやめて!」
 戸田よりも大きく必死な声で、誰かが割って入る。まりえだ。
「やめようよ! 誰が早苗ちゃんをいじめてたか突き止めて、何になるの!?」
 立ち上がった吉沢とまりえは見つめあう。
「私も早苗ちゃんをいじめてた人を許せなかった。でももういい。昔のことよ。今誰がいじめてたか明らかにしたって、あの子が楽しい学校生活を送れることはない。いまさら言ったって、もう遅いんだよ。そうでしょ?」
「でも、まりえ……」
「いじめてた子には、相応の責任を感じてほしい。あの子の一年をめちゃくちゃにしたのは確かだから。でもそれを責めないで。糾弾しても、憎しみの連鎖が続くだけだよ」
 まりえは言い切った。真奈の目には、彼女がかっこよく映った。
「ごめん……、つい熱くなっちゃって」
 謝る吉沢。胸が焼けるような切ない気持ちで真奈は話を続ける。分かってる、どんなに頑張ったって、憧れたって、私はまりえのようになれないってことは。
「まりえちゃん、立派ね。憧れるよ。さて話を続けましょう」
つづく

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