AB社コラム 第6回:「Transformation」が日本に向かない理由その1。定義しない日本人って?

AB社コラム 第6回:「Transformation」が日本に向かない理由その1。定義しない日本人って?

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今は「Transformation」とのキーワードが盛んにもてはやされています。
ですが、私は「Transformation」は、今の日本では難しいと考えています(詳しくは前回のコラムをぜひ!)。
AB社コラム第6回では、その理由についてお話します。

日本人は「定義をしない」。

私が「Transformation」が日本では難しいと考える理由は、
日本人の考え方や、行動習慣が、「Transformation」に向かないと思うからです。

日本人は「やらなければならないこと」がある時に、
本気で取り組んでやり遂げる、という発想にはなりません。
DX(Degital Transfomation)は、
今の日本では「やらなければならないこと」ですが、
ストレートに「組織が変わる」ことをやり遂げようとしている組織を、私は知りません。

なぜ「やらなければならないこと」を本気でやらないのか?

その理由のひとつは、日本人は「定義をしない」からです。

DXが完了したと言えるのはどういう状態か、
それを定義しないままに「DXをします!」と宣言してスタート。
そして、与えられた状況の中で、期日までに実現できたものを示せば、
それが「DXできた」ことになるのです。

ものすごく雑に例えると、
夏休みの宿題が出たとして、それが完全にできていなくても、
9月1日に提出したものが夏休みの宿題でした、と堂々と言える。

だから、DXの課題も、期日までに提出したものが「DXをせよ」との宿題に対する回答なのだから、DXできています、と堂々と言える。
すごいでしょ!とドヤ顔で。

だからダメだと言っているわけではなくて、
そもそも定義をしないというのは、日本人の考え方の基本なのです。


先に定義をする演繹的なアプローチをしない。

会計基準にもそれは表れていて、日本は資産や収益とはなにか、との定義はありません。
日本の会計基準は帰納的アプローチで、実務で実際に使われている会計処理などをよく見て、その中から共通的なものや一般的なものを抽出して基準を作ります。

今までの組織の中でDXに取り組む様子をよく見て、その中から一般的にできたものを「DX」としているのです。

しかし、国際的な会計基準は、演繹的なアプローチで前提や目的を先に決めてから、いろいろな基準を作っています。

DXの目的を先に決めているので、「これができればDXしたと言える」と最初に基準ができているのです。


日本はいつも期日までにできたものを「これが課題でした!できました!」と出します。

そのため、海外から見ると

「約束を守らない国」「約束を守らない組織」「約束を守らない人」

となるのですが、日本から見ると

「約束を破ったことはない国」「約束を破ったことはない組織」「約束を破ったことはない人」

となります。

どちらも間違ってはいないんですけどね。


期日までにできあがったものが「DX」となる。

そんな国際的には信用されない日本人の特徴も、「DXをやってません」という言い方は許されない今の時代には、とっても都合が良いのです。

DXとは何かを定義せずにスタートするので、
期日までにできあがったものを「DXしました」と提出されても、誰も全否定できない。

だから、「DXしました」と宣言したら、
日本では「あなたはDXしてますね」と、やっていることになります。


そんな国だから、DX、つまり、「Transformation」を掲げることは、日本では無謀なのではないか?
本来の意味で「Transformation」なんてできないでしょ?と思うのです。

もうひとつ、私が日本では「Transformation」は難しいと考える理由があります。
次回に続きます!

#働き方改革 #雇われ方改革 #Augmentation #AB社 #個人事業主 #Transformation


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