グッドバイ
とうとう、この時間まで誰からも連絡は来なかったかと逢魔時、煙草を吸いながら、
僕はベランダに出て正面にある家の物干し竿に掛かった一枚の洋服を見ていた。
昨日までの朗らかな春の陽気に着られていたであろうその一枚の洋服は、
雨風に吹き付けられ、
固定される事なく竿の上を行ったり来たりしながら虚しく揺れている。
エンジン音が近づいてくる。目をやると、運転手は手を上げ、
徐行しながら下に停まってある自転車の後ろに着けるようにして止まった。
結局今日も自分の車輪を少しも回すことが出来ずにいるのだ。
玄関にに掛けてある腐りかけの木製の板に鳥やら花やらを象った石を貼り付けた装飾板の中から、
ついに鳥の姿だけ跡形もなく剥がれ落ちてしまったのを見て、
この暴風雨の中、外に出て、誰に会う訳でもなく
今日の終わりを告げる。
傘をささず見送る相手も居らず。
「それじゃ。」
湘南新宿線を西に向かって一台、また一台と
電車が走り去っていく。
辺りには雨足の強さも相まって、トラックが走った後の地鳴りや電車が通り鳴る轟音
夕飯を待つ子供の叫び声と人の話し声。
物静かな視界の裏側で、地獄が大きな物音をたてるかのように響き渡っている。
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