howmilesaway 2
「リリーも行くでしょ、カーニヴァル?何時に集合にする?」
さも私と一緒にカーニヴァルに行く、というようなハナの口ぶりに私は驚いた。
「マイクと一緒に行かないの?てっきりふたりで楽しむんだとばかり思ってたけど」
ハナはデザートに取っておいたりんごをかじりながら、澄ましたような顔で首を横に振った。
「マイクとは一緒に行かない。子どもの頃からリリーと一緒に行ってるんだもん。あっちも男友達と行くわよ」
カーニヴァル初日の夜は特別だ。街にやってきた記念のパレードが開かれて、アトラクションは朝まで稼働して、お酒も食べものもいつでも買える。この日だけは子どもも寝なくてよくて、街中の人が夜通しカーニヴァルを楽しむ。そして朝を迎えたら、家に帰って昼過ぎまでみんな寝る。街には誰もいなくなる。とても静かになる。
そして、そのときがこの街から逃げ出すチャンスだ。
「そろそろ出ようか。一旦家に帰ってから行くでしょ?」
ハナがそう言って立ち上がる。私も椅子にかけてあったブラウンのジャケットを羽織った。
支払いを済ませて、店を出る。いつもより人通りが多くて、街は少し浮かれている感じだ。そんな雰囲気に呑まれないように、一歩一歩地面を踏みしめながらロードウェイを歩く。
ハナと他愛もないおしゃべりをしながら歩いていると、反対側の歩道にいた数人の男の子たちが、何やらこっちを見て騒いでいる。中にはヒュー、と叫んで、手を振ってくる奴もいた。
「なに、あれ」
私が言うと、ハナはバカにするような、それでいて嬉しさが隠しきれないような表情で興奮しながら言った。
「アピールしてんのよ、わたしたちがかわいいから!」
ハナは私と腕を組むと、ふん、とわざとそっけないような顔をして足早に歩いた。
「最近街を歩いてるとね、なんだか見られてるような気がするの。視線を感じてふっとその方向を見たら、男の子が慌てて目を逸らしたりするのよ」
私は視線を少し下に向けて、ハナのスタイルを見る。そりゃあそんなに大きな胸をつけて、そんなミニスカートを履いてたら誰だって見たくなるわよ、って心の中で思う。
ハナはこの小さな街で、とっても幸せそうだ。
午後七時に迎えに行くねと言って、彼女は自分の家へ帰っていった。
私とハナはスクールに入学したときからの付き合いで、友達になってからもう十年以上経つ。小さいときのハナは全然男の子にもてるようなタイプじゃなくて、引っ込み思案で、いつも私の影に隠れていて、慣れると少しずつ喋りだす、って感じの女の子だった。いちばん仲が良くていちばん慣れている私と二人っきりのときのハナはとっても明るくて面白くて、私はハナをひとりじめしたいなってちょっと思っていた。
成長するにつれて、コンプレックスだったハナのちょっとぽっちゃりした体型とか、癖のあるブロンドとかは魅力的な要素に変わっていった。メイクと洋服を味方につけたハナには、それらはハナをよりセクシーに、よりチャーミングにみせるものになった。その頃からハナは男の子に言い寄られるようになって、今みたいな自信を持ち始めたのもそのときくらいからだったと思う。
そしてハナはあんまり勉強しなくなった。家の本棚を一緒にあさることもなくなった。図書館には私一人で行くようになったし、その間にハナは男の子とデートしていた。
ハナは何人かの男の子と付き合った。マイクとはいちばん長く続いている。付き合い始めたのは、確か去年の夏頃だったと思う。
私たちは多分、お互いが少しずつ変わった。でも私たちは変わらず友達で、お互いがお互いにとって大切で、大好きだった。
だけど私たちには間違いなく変化が訪れていて、ふたりの差異はあまりにも明確で、それが私にはなんとなくさみしくて悲しかった。それを自分の手で決定的にすることになるかもしれないってことも、ちょっとだけ悲しかった。
こんなに早く家に帰るのはなんとなく嫌で、どっか行くところないかな、って考えていつもポケットに入れてるミントキャンディーの数がもうあまりないことを思い出した。私は一日に四回くらいこのミントキャンディーをなめる。ごはんを食べた後とか、ふとした瞬間に欲しくなってなめる。たぶん同世代の男の子たちがタバコを吸うような感覚で、私はミントキャンディーを消費している。
ドラッグストアに行こう。そう思って、道を曲がった。
みんな設営中のカーニヴァルを見に行っているのか、それとも気合を入れて準備をしているのか、ドラッグストアはいつもより人が少なかった。ミントキャンディーの袋を一つ掴んで、それからいつも体に塗っているクリームも掴んで、おじさんがひとりで突っ立っているレジへ向かう。ふたつをまとめて台に置くと、おじさんが口を開いた。
「君、議会委員の娘さんだろう。お母さんは頑張っているね」
私は顔を上げると、「はい、おかげさまで」とだけ答える。
「今日はカーニヴァルだね、君も行くでしょう?誰と行くの、彼氏?」
財布の中をまさぐりながら私は答える。
「うーん、彼氏なんていませんよ」
「いないの!その年頃だろう、欲しいって思わないの?」
驚いたような返答が返ってくる。なんでおじさんって、こういう下世話な話が好きなんだろう。
「うーん、そんなに。ありがとうございました」
そう言って、ドラッグストアを出た。
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