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hownilesaway 7

 メイクをする時に大切なのは、まず自分がどういう顔になりたいかっていう理想を考えて、その次に今ある自分の顔を客観的に見ることだと思っている。私の顔のパーツは、理想とどれくらい離れているか?共通点は何か?相違点は何か?何をどうしたら、理想に近づけそうか?
 時には顔のタイプが全然違いすぎて理想には残念だけど近づけないって時もある。だけどそういう時も諦めずに代替案を探し出して、どういうふうにしたら自分がよりよく見えるかってことを考える。私が思うにメイクはそのプロセスの集大成で、どんどん変わって、進化していくものだ。
 まず下地を塗って、そのままもうファンデーションは塗らずにフェイスパウダーをパンパンとまぶしてしまう。ちょっと前まではファンデーションを塗っていたんだけど、逆に厚ぼったく見えるし、乾燥肌だから粉が吹くこととかもあってやめちゃった。眉毛をささっと描いたら、そしたらもう次はアイメイクに移る。私は目が大きい。横幅が特に大きくて、二重幅が何本もあるような、ぱっちり!っていうよりどちらかというと眠そうな目だ。昔はハナのぱっちりしてまつ毛がしっかり上を向いている目が羨ましかったけど、「リリーの目ってアンニュイで魅力的だよね」って言われてからちょっと自分の目が好きになった。それからは無理にぱっちりした目を目指すんじゃなくて、自分の目の形を活かすようなメイクをしているつもりだ。元々目が大きいっていうのもあって、普段はそんなに目に凝ったメイクはしない。ちょっとだけアイシャドウを塗って、ビューラーでまつ毛を上げることとかはせずにそのままマスカラ塗って、っていう感じ。でも今日はカーニヴァルだから、いつもしないようなメイクをしてみたいなって思った。
 いつも通り、アイホール全体にちょっとだけラメの入ったブラウンのアイシャドウを広げる。二重幅の下に入れるイメージ。それから目尻に締め色のもう少し濃いブラウンを入れる。いつもはこれとマスカラでアイメイク完了、って感じだけど、今日はどうしよう?
 ふと少し前に買ったラメのことを思い出した。ちょっとリキッドっぽい滑らかなテクスチャーのラメアイシャドウだ。それもブラウンっぽい色味なんだけど、普段使うにはちょっとキラキラすぎてしまいこんでいたんだった。そのラメを引っ張り出して上瞼の中心と涙袋の中心にちょっとのせてみると、すっごく華やかで素敵な印象になった。まさにカーニヴァルという感じ。これでマスカラを塗って、目尻にちよっとだけアイラインを引いたら、多分すごくすてきになる。
 鼻にちょっとだけシェーディングとハイライトを入れて、チークをのせたら次は唇。リップペンシルで下唇の一部を縁取ったら、中心がいちばん濃く、グラデーションになるようにポンポンとリップを塗り広げていく。リップの色はちょっとだけ暗い、落ち着いた色のレッドだ。私はこういう色味の赤が好きで、もう長いことこの色を口に塗っている。リリーの雰囲気に合うねってハナが言ってくれて嬉しかった。
 これでメイクは完成。そんなに手順が多い方じゃないかもしれない。昔はそんなに自分の顔が好きじゃなくて反対の理想ばっかり追い求めていたけど、最近になってちょっと自分の顔が好きになってきた。それもあって、そんなに凝ったメイクをしなくなったのかもしれない。
 ハナが家に来るまで、まだ少し時間があった。私は羽織っているジャケットのポケットに手を入れた。かさ、と音が鳴る。裏地に縫い付けてある紙の地図と手が擦れた音。この地図が、明日からの私の頼りになるかもしれない。
 
 私は幼い頃、本を読むのが好きだった。蛇に噛み付かれた事件の後から、ママは私をスクール以外であんまり外に出してくれなくなった。家の庭であっても、自分一人で外に出ることは長い間許されなかった。私ももうあんな目に遭うのはごめんだったし、自分があんなことになったのはママの言いつけを守らなかったからだっていう反省もちょっとはあったから、大人しく家の中で遊んでいた。
 家の中ではよく本を読んだ。本にはいろんな世界のことが書いてある。この街から出たことがない私は、物語が描く摩訶不思議な世界に思いを馳せた。自分の住んでいる世界の外には、こういう世界があって自分とは全く異なる生き物たちが生きているかもしれない。私はママに言った、いつか物語に登場する世界に行ってみたい、って。そしたらママは呆れたような顔で言った。
「まあリリー、いつまでも小さい子みたいなこと言ってはダメよ‥。お話の中に出てくる世界なんて存在しないんだから、架空のものなのよ」
それを聞いた私はあまりにもショックで、ソファーに突っ伏して大泣きした。ママが困惑した声で「この子って感受性が強すぎるのかしら」って言っていたのを今でも覚えている。
 ママは架空のお話なんて読まずにお勉強なさい、って言った。この現実の世界のことを学びなさいって言った。お勉強に出てくる出来事は実際に起きたことだし、場所も実際にある場所なんだから、お勉強の方が重要なのよ、って。
 私はムッとしながら世界の歴史の本を開いた。すると意外なことに「現実世界の歴史」はなかなか面白くて、私は夢中になって読んでしまった。
 

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