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「noma」が揺るがす食と生 -「食べられる」と出会うということ

本記事は、2021年12月に訪れたデンマーク・コペンハーゲンのレストラン「noma」で考えたことを、写真とともに散文調にまとめたものです。

ある秋の日、研究室の友人がキノコ狩りに行かないかと誘ってきた。オーフス南部の郊外、広大な森林に覆われている人類学キャンパスの近辺には、不思議なキノコが独自の生態系を形成しているのだと彼は言う。たしかに思い返してみれば、バス停脇に立つ木々の根元や芝生の端に、地中から生える奇妙な物体を目にしたことが幾度かあった。だけれど、キノコを狩ってどうするのだ?じっくり観察するのだよ。この辺りには変わったキノコの種が多いからね。食べられるのかい?どうだか。食べられるものもあるかもしれない。約束はしないけどね。眺めて楽しむのは良いものだよ。マツタケだってあるかもね、日本では有名だろう?ほら、アナ・チン(マツタケに関わる生態系を研究する人類学者)も夢中になっていたじゃないか。一度食べてみたいんだよね。


nomaの店内。草木に囲まれ、穏やかな太陽の光が差し込む。

革命?

デンマークに生まれた「noma」とそのシェフであるレネ・レゼピを追ったドキュメンタリーは、以下のような副題を掲げる。

『ノーマ、世界を変える料理』

映画『ノーマ、世界を変える料理』公式サイト

なお、英語の原題は『Noma, My Perfect Storm』であり、やや陳腐な邦訳ではあるものの、インタビューを見ればあながちミスリーディングでもない気がしてくる。そしてウェブサイトには、次のような表現もある。

「食の世界に革命を起こしたデンマークの天才シェフ、レネ・レゼピに4年間密着。」

映画『ノーマ、世界を変える料理』公式サイト

革命とはなんだろうか。これも映像を見れば、nomaのシェフたちが何を考えて食材と向き合っているかがある程度理解できる。ただし、nomaと言う空間を体験する私たちにとっては、一体何が革命的と言えるのだろうか。

分厚いオレガノの葉で食材を挟む
林檎、酢、スパイスなど

食べられる・食べられない

"'Can you eat it?' is the question which the majority of those who don't know much about mushrooms ask again and again."

Long Litt Woon. "The way through the woods" 

nomaと言う場で私たちが最も没頭できることは何だろうか。それはおそらく、人類が特定の生活環境や食文化、歴史的なコンテキストを通して構築してきた「食べられるもの」と言う概念がいかに脆く、最も簡単に崩壊してしまうかと言う事実に直面することではないだろうか。

ある宗教文化に属する人々が豚肉を食さないことや、海の向こうの熱帯地域の民族が白くて大きい、ある種不気味な幼虫を好んで口にすることは、様々なメディアを通して十分に知識として獲得してきた。しかしながら、そうした世界中の多様な食習慣を知ったところで、我々が自らの 食べられる/食べられない と言う境界線を引き直すことなど滅多にない。食文化はそんなに簡単に変化しないのだ。

太陽のように美しくカットされたゴールデンビーツ。
下にはすり潰したアリとベリーなどを混ぜたソース。

私たちが何を食べるか、という主題は、気候変動や種の絶滅などの諸問題と関連づけて語られることが多い。それはそもそも何を食用可能と判断するかに加え、それらの食材をどのように生育し加工するか、そのように消費者に届けるかといったシステムとして捉えられるべきテーマと言える。

「肉食が地球温暖化の原因として繰り返し指摘されている中で、菜食を選ぶ人が増えていることは必然的な流れです。ただ、私はもう少し多元的に環境破壊と家畜の関係を考えたい。今の食肉生産のシステムは、家畜にも、畜産農家にも、食肉工場の労働者にも、環境にも負荷をかけやすいしくみになっています。消費者が安い肉を求め、地球規模で肉の消費欲が増大したために、かなり無理をした大量家畜生産が各国で進められています。工業化された大規模畜産の、人と自然に対する弊害を見つめることから今の環境問題を考えたい。」

『「何を食べても私の自由」が引き起こした環境問題 身の丈に合った食生活を求めよう』朝日新聞GLOBE+

New Nordic

「ニュー・ノルディック」とは、nomaが提唱する料理ジャンルを指す表現である。そこには持続可能性や地産地消の精神、自然世界に対する敬意などを含む10のマニフェストが存在する。

1. To express the purity, freshness, simplicity and ethics we wish to associate to our region.  (我々が大切にしたい清潔感、新鮮さ、シンプルさ、道徳観を表現をすること)
2. To reflect the changes of the seasons in the meal we make.  (食で季節感を表現すること)
3. To base our cooking on ingredients and produce whose characteristics are particularly in our climates, landscapes and waters.  (地域の気候、地形、水特有の食材の調理を基本とすること)
4. To combine the demand for good taste with modern knowledge of health and well-being.  (食べ物のおいしさに対する追求と、健康や「よりよいありかた」についての認識を組み合わせること)
5. To promote Nordic products and the variety of Nordic producers - and to spread the word about their underlying cultures.  (ノルマンディの食べ物や生産者たちを後押しし、それらの背景を広めること)
6. To promote animal welfare and a sound production process in our seas, on our farmland and in the wild.  (動物の福祉や海、耕地、自然の生態系を守ること)
7. To develop potentially new applications of traditional Nordic food products. (伝統的な北欧の食材の新しい可能性を伸ばすこと) 
8. To combine the best in Nordic cookery and culinary traditions with impulses from abroad.  (北欧料理の料理手法や伝統と、外部からのアイデアを組み合わせること)
9. To combine local self-sufficiency with regional sharing of high-quality products.  (ローカルな自給自足と高品質なものを組み合わせること)
10. To join forces with consumer representatives, other cooking craftsmen, agriculture, fishing, food, retail and wholesales industries, researchers, teachers, politicians and authorities on this project for the benefit and advantage of everyone in the Nordic countries. (北欧の国々におけるすべての強みや利益に向けて、消費者、シェフ、農業や漁業、食産業、小売りや卸売り、研究者、教師、政治家や権威者が協力すること)

IDEAS FOR GOOD  より邦訳を引用

人間以外の生態系との関わりや、その持続可能性に目を向けた内容であることは一目瞭然だが、項目8のように外部からのアイデアに対して開かれた姿勢を持っていることは、実際にnomaで過ごした時間の中でも多々感じられた。

かぼちゃをキャベツでロールし、味噌などを混ぜて泡立たせたソースに浸す

New Nordicが目指すものは、いわゆる「レストラン」と言う場を超えたヴィジョンとして理解される必要がある。同時にその「革命」も、シェフが料理を提供するシーンを超えて議論されるべきだ。そのムーブメントは、人々が足繁く通うスーパーマーケットや、教育の場としてのクラスルームにまで及ぶ。食は生きるための栄養摂取という目的を大きく超えて、くらしの方法を変化させること、生活を維持するための新しい知恵を生み出すこと、そして豊かな学びの手段という多彩な活躍の場を獲得している。

"New Nordic potentially far more transformative than any previous food movement. It is reaching beyond farms and fine-dining restaurants, and into halls of power, supermarket aisles, canteens and classrooms."

The Guardian

The Guardianの記事の中でも紹介されている通り、nomaの共同創業者であるClaus Meyerは、デンマーク国内の刑務所で再犯防止を目的としたフードトレーニングの提供や、IKEAにおけるヴィーガンメニューの支援などに関わる。そのほか、nomaをはじめとした北欧圏の著名なレストランが輩出した人材がその活躍の場を広げていく事例は多数知られている。

"Meyer has also created a food training programme in Denmark’s prisons to reduce recidivism, and he is partnering with Ikea – which feeds 660 million people a year, making it one of the 10 largest food-service operations in the world – to “veganise” its menu."

The Guardian

ふたたび、「何を食べるか」と言う問いへ

"the question as to what ought to be included on the List of Standards (for the edibility of mushroom) is a highly emotive topic within the mushroom community."

Long Litt Woon. "The way through the woods" 

日本国内外、nomaの語られ方は多様である。苔や木の葉を用いた装飾の有り様に魅了される美食家もいれば、木目の広がる空間設計に関心を寄せる建築家も多い。前述のマニフェストを具体的な実践から理解しようとする環境活動家の注目も年々高まる。

人類学に関わる人間としては、やはり「食べられる・食べられない」と言う境界線の揺らぎにどうしても目がいってしまう。それは「食べてはいけない」と言う規範が絡み合う宗教的なもの、食材そのものの意味や格付けを伴う文化的・社会的なものでありうる。

さらに人類学者のロン・リット・ウーンは、それが「感情的(emitive)」な側面も持ちうることに言及する。彼女はノルウェーにおけるキノコ愛好家たちの間での不思議な友情や不文律に引き込まれながら、そこで生み出される「食べられるキノコ・食べられないキノコ」のリストに関心を寄せる。例えば、「食べられない」リストに名を記されたキノコには、「不快な匂いや味」と言うコメントがつけられたりする。毒性や栄養価などは必ずしも判断基準にはならない。「でも、調理法にもよるじゃないか。そんな主観的な基準だけにとどまらない、食用キノコのリストを作った方が良いんじゃないか」と彼女は考える。しかしながら異国から来た人類学者は、キノコ狩りの世界に存在する「通過儀礼」、その生態と愛好家の内面との関わり、ロジカルには説明しきれない感情的な経験世界に静かに飲み込まれていく。

"With several species, for example, all it says in the comment box is: ''unpleasant smell or taste". But perceptions of smell and taste are, as we know, highly subjective. Furthermore, some mushrooms may not taste good when fried, but are excellent when prepared in other ways. An expanded version of the List of Standards, one based not on subjective likes and dislikes, would, therefore, not go amiss. This would provide people with enough information to make up their own minds as to whether they like the taste and/or consistency of an edible mushroom or not. Then it would also be up to the individual to decide whether to pick a very small edible mushroom when gathering enough for just a modest meal will take a lot of time and effort."

Long Litt Woon. "The way through the woods" 

私たちがこれまでの人生をかけて内面化してきた「食べられる・食べられない」と言う基準。それを視覚、聴覚、触覚など多感覚的に、少しづつ、それでいて確実に崩壊させていく。「食べられない」と感じていたものや、「ありえない」と無意識に切り捨てていた素材の組み合わせを、感情に華麗に訴求しながら目の前に表現していく。そうした素材たちのナラティブは、私たちが意識的に注視せずとも、勝手にそのダンスの中に見るものを巻き込んでいく。nomaの好奇心が向く先はそうした価値観の抜本的破壊(≒革命)ではないかと、私は思うのだ。

紅葉の美しい盛り付け


参考書籍

ロン・リット・ウーン 『きのこのなぐさめ』 みすず書房 *「Long Litt Woon. "The way through the woods" 」の邦訳

アナ・チン 『マツタケ――不確定な時代を生きる術』 みすず書房

レネ・レゼピ、デイヴィッド・ジルバー、水原 文『ノーマの発酵ガイド』 角川書店

獣の頭蓋骨を器にする
発酵させた肉を、柑橘の酸味と楽しむ


店内中央のオープンキッチン。まるでアトリエのよう。


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