進化ロボット工学への期待と疑問

 科学上の新発見、最近の動向などを載せた、いわゆるサイエンス記事は、科学の素人にとっても好奇心をそそる興味深いものですが、少し前に出たこの記事「ロボットで進化の謎に迫る 条件絞り実験繰り返す」などは、さしずめその王道を行っている、と言えそうです。単なる最新の科学の動向、情報ではなく、いくつかの疑問点が浮かび上がってくるのです。

記事中には出てきませんが、ロボットを使って生物の進化を探る学問分野には、『進化ロボット工学』という名が付いているようです。進化生物学とロボット工学のハイブリッドみたいですが、ハイブリッド故に、そのアプローチには、生物学の側からのものと、ロボット工学の側からのものがありそうです。日経電子版の『キーワード』などによると、「生物が環境に適応する仕組みを生かして、新しいロボットを開発する研究分野」が、ロボット工学の側からのアプローチで、さらには、『進化ロボット工学』には「機械工学や制御理論、人工知能、生物学など様々な分野にまたがる知識が必要」なので、例えばAIの側からのアプローチなどもあるということです。そういった区別にはあまり意味がないのかも知れませんが、少なくとも私は、『進化ロボット工学』と聞いたら、まずはどの学問分野からのアプローチか知りたいところです。

 何故かというと、私は、生物学の側からのアプローチとしての『進化ロボット工学』には、若干の疑問を覚えます。生物学の研究に非生物であるロボットは馴染まないという直感的なものもありますが、ロボットによる進化の実験は、あまりに単純化し過ぎているし、その解は近似的ですらないように思えるのです。一方、記事の中では記者の方によって次の様な指摘もなされています。

 ロボットを使った進化の研究は今回、どう発展していくだろうか。実験できる内容は極めて限られ、進化の研究に参考になる情報も乏しい。二の舞いの恐れもある。

私の懸念は、この指摘とは少し違いますが、『進化ロボット工学』の実験の結果をそのまま生物の進化の説明として受け入れることには抵抗があります。例えば、記事で紹介されている首長竜の事例です。

 ロング教授はヒレをもつ水生動物も研究している。太古の海では首長竜のように4枚のヒレをもつ動物がいたが、現在生き残る水生動物は2枚ヒレが主流だ。ヒレが4枚と2枚のロボットで動きを分析すると、加速する能力は4枚の方が高かったが、エネルギー消費は2倍だった。到達する最高速度はヒレの枚数に関係なかった。消費エネルギーが少なく泳げる方が生存に得策だったと考えられる。

私の知る限り、生物界の狩りのタイプには、執拗に長時間獲物を追うタイプと、待ち伏せて一瞬で襲うタイプがあります。例えば、長時間の狩りを厭わないタイプとしては、都会のオアシスとして知る人ぞ知る、拙宅の近所の森にすむオオタカがいます(都心にオオタカが生息しているとはご存知でしたか?)。オオタカには一度狙いをつけた獲物を執拗に追い続ける習性があるといわれ、長時間の追跡の末に、鋭い鉤爪で押え付けたカラスを池の水に溺れさせる写真を見たことがあります。

また、首長竜と同じ海生動物であるシャチなどの狩りも、しばしば長時間にわたります(電子版のナショジオのページに狩りの様子の動画が掲載されていました)。  

前置きが長くなってしまいましたが、私は、首長竜が加速性能に優れた4枚ヒレだったことは、首が長かったことと合わせて、待ち伏せ型の高速短時間の狩りの習性があったことを否定しないのではないかと思います(個人的見解です)。一説では、海面近くに来た翼竜を襲うこともあったと言われ(首長竜の化石の胃に相当する辺りに翼竜の骨が見付かった)、突然海中から高速で長く恐ろしいい首が飛び出してきた時の翼竜の驚愕はいかばかりだったでしょうか。

首長竜が、普段は海中をゆったりと回遊し、狩りの時には高速で襲いかかったとするなら、4枚ヒレであることが進化的に不利な形質であったとは言い切れないように思うのです。そもそも、首長竜が現生しないのは、白亜紀末期の大量絶滅によるものだとするなら、4枚ヒレが原因ではないことになります。進化は偶然の連続ですから、4枚ヒレのエネルギー効率という一般論だけでは、説得力に欠けるように思えます。

ただし、長時間の狩りでエネルギーを消耗するシャチにとって、エネルギー消費が少なく泳げる2枚ヒレの方が有利である、というのは理解できる説明です。例えば、4枚ヒレだったシャチの祖先が、次第に後ろヒレが退化し、2枚ヒレになっていった、というのは十分納得のできるシナリオです。

 生物学の側からのアプローチとしての進化ロボット工学の疑問点を見てきましたが、ロボット工学の側からのアプローチについては、工学は応用科学ですから、「生物が環境に適応する仕組みを生かして、新しいロボットを開発する研究」に特別方法論的な問題点があるようには思えません。ネットで、記事に登場する飯田史也・英ケンブリッジ大学講師の「人間が設計しなくても、ロボットが自動的に最適なロボットを作る」動画を見付けましたが、興味深かったです。

ただし、今回進化ロボット工学についてあれこれ考え、調べているうちに、進化ロボット工学の以前に、1980年代後半に盛り上がった『人工生命』という概念があったことを知って、少しだけ疑問が湧きました。ロボットなりAIなりで、生命現象をシミュレーションして進化を研究するというのは、そこから導き出せた結論を実際の生命、進化に適用する前に、詳細に検討する必要がある点では変わりなさそうです。

だいぶ話があちこち飛んでしまいましたが、科学的な好奇心というのは、いくつになっても失わずに持ち続けていたいものの一つであることは、間違いありません。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30372970R10C18A5MY1000/

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