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『天使の翼』第11章(74)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 車内はシンとして、まるで誰も乗っていない回送車であるかのように静まり返っていた。
 乗客は皆恐れをなして、自分達のコンパートメントから通路に出られずにいるのだ。
 どこか前方遠くで、手動でドアーを開閉するような音のした後、車内は再び静寂に包まれた。誰もが沈黙に耐えられなくなり、隣の者に話しかけようとした時、プツンと車内放送のスイッチが入った――
 「こちらは、SSIPの特別捜査部である。乗客・乗員は、理由の如何を問わず、その場を動いてはならない――」
 押し殺したような命令口調の声は――そもそも警察機関が一般の市民に対して『命令』するなんて事は帝国では考えられないことだ――、それだけ言って切れてしまった。
 わたしは、声の主は恐らく今度の件の指揮官で、しかも、かなり優秀な人物なのではないかしら、と勝手に憶測していた。なぜなら、今の口調、話した内容には、一切無駄がなく、かといって、こちらが知りたいと思うような情報――指揮官の地位・名前はおろか、捜査の対象・目的といった肝心の事は、何も含まれていない。そして何よりも、彼の口調は、威圧的ではあるが、余計なパニックを惹起するような不必要で狂的なものとは無縁だった。……だからといって、彼が慈悲深い人物である、という事ではないのだが。

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