研究と鬱

どの程度世間で認知されているのかわかりませんが、どうも研究と鬱というのは切っても切れない関係のようです。今年の春にNatureのコラムで「鬱と不安は大学院生によく起こりうること(適当訳)」というのが出てましたが、実際に鬱になって退学するまで行かなくても、いきなり何もする気にならなくなったり、何も感情を感じなくなったり、なんとなくモヤモヤした状態を抱えて研究が上手くいかないということを少なからずある程度はみんな経験しているように思います。過去の偉人の日記や大学院生のブログなどを見るとわかります。

(ちなみに上の記事は指導教員との関係が重要な影響を与えるみたいな簡単な内容で、詳しくは引用されている論文やコラムを読んだ方が実証的な知見がよくわかると思います。私もあとで読もう。)

鬱って自分には関係ないものと思っていたのですが、ここ数ヶ月軽い鬱みたいな状態の時がありました。ちょっと回復したので振り返って書いてみようかなと思った次第です。振り返るだけで特に有益な考察はないと思います。

私の場合は「生きること全てに何もする気になれない」ということはなくって、服を買ったり、料理したり、カフェに行ったり、社会的な面だと友達と遊んだり、マストドンしてたりなど研究に関係ない生活の部分では支障なく過ごしていました。ただ、なんとなくぼーっとした感覚というかずーっと続くような、心から楽しめていないような感覚が長らく続いていた感じです。

五月末にComprehensive Examinationが終わってから抜け殻のように何もしておらず、全く何もしてないことはないけれども凝縮すれば三日ぐらいで終わるぐらいの進捗しかない状態でした。先生も試験後は「これで正式な博士学生になれたから、あとは自分のペースで進めたらいいよ」みたいなことを言っていたのを真に受け、毎日時間が溶けていくかのように非生産的な毎日を過ごしていました。

修士の時に、やることが大きすぎると分解できなくて(つまり何から手をつけたらいいのかわからなくて)不安になり、余計にできなくなるという経験があったので、今やることを事細かに最小単位に分解してみたりもしたのですが、なかなか手は動かず。特に論文を読まなければ始まらないんだけどまず一枚の論文を読み始めるのにすごく時間がかかったり、プログラミングは勉強不足で何がどうわかっていないのかわからないぐらいのレベルで、これもとりかかるのにすごく時間がかかったり。

とにかくやる気が出なくて、ただ特に見たくもないニュース、ブログ、SNSをチェックしたりして、心はしんどいなぁと思いながら同じ行動を繰り返すという負のループに入っていました。動機付けの研究をしている友達が昔言っていたけど、やる気はやり始めたら出るものらしく、やる気が出たらやるというのは根本的にナンセンスなのかもしれません。

なんでこうなっちゃったのかなぁと考えると一つには大きな試験に向けてすごく集中した反動と、あとはどうせ夏休み終わるまで実験できない事実が気の緩みを生み出し、なかなか戻すことができなかったからかなぁと思います。特に病気せず健康ですが体調も影響していたりなど、それだけではないと思いますけど。

今ちょっと回復してきたのは、日本に帰国するまであと二週間ぐらいになり、その間に先輩と旅行に行ったりして実質(土日も含めて)作業できる日が十日間ほどになり、いよいよ作り始めないといけないスライドたち、発表の原稿、実験用の素材やスクリプト、など存在がリアルに頭の中に浮かぶようになってきたからかもしれません。

そういえば一般企業に働いていて、コンスタントに期限付きの仕事を与えられる人は鬱にならないのだろうか、とふと考えたりします。もちろん長時間労働や低賃金など労働環境がよくないところは論外ですが、普通に健康的に働いていてやることが決まっていたら、悩むことなく働き続けることができるのだろうか。

自分は大学の事務で働いていた時は割とそんな感じだったけど、これで一生生きていけないなって思って、本と雑貨のお店に転職したのでした。そして本と雑貨のお店では雑用が多すぎて、何かを創造的に考える時間的・精神的余裕がないと思って、結局学術業界に舞い戻ってきたのでした。前の職場の社長が私に言ってくれた「お前はどこに言っても不満タラタラ」という言葉が再び心に沁みる。

いつ鬱っぽくなるかわかったり、どのようにしてその状態から抜け出せる方法がわかっていたらいいのだけれど、これが毎回同じ方法で上手くいくわけじゃないから辛いのだと思います。不安は最近感じていないけど、イギリスにいた時は将来に対する不安が大きすぎてたまにパニックみたいになってたけど、あれもどうやって抑えたらいいのかわからなかったし、自分の心との付き合いは一番難しいのかもしれない。

私を現実世界で知っている人は、そういう性格に見えないだろうし、私自身もそういうタイプじゃないなぁとはつくづく思っているのですが、「私は大丈夫、私は大丈夫」と念じて鬱になっていく人々もいるようなので、ある程度自分に優しく(甘くではなく)、たまには振り返って見ることも必要なのかなと感じた今日でした。