五月四日・五日・六日@ブダペスト

五月四日

今日あたりからブダペスト以外の地域では外出規制が緩和されて、レストラン・カフェ・ジムなども徐々に再開し始めるらしい。しかし私はブダペストに住んでいるので何も関係がない。

いつも通りご飯を食べ、朝のストレッチをして、机に座る。もうこの生活を初めて二ヶ月だからもはや日常だ。コロナ後はどうなるんだろうか。そもそも大学に行って作業しようが家で作業しようがどっちでもいいのだが、もしかしたら家で作業する日が増えるかもしれないなと感じたりする。

色々スローダウンして、それなりにマイペースになっているが、やっぱり気分にムラがあるので集中できない日が続く。論文を出してからとりあえず一個の課題は返事待ちになったので心が軽くなったが、かと言って他の課題をやろうという気になったりならなかったりである。

夕方はPhDワーキンググループの会議(もちろんZoomである)。リモートのおかげで、普段だったら各学部から一人弱ぐらいしか来ないぐらいの小さなグループだが、今回はいつもの三倍ぐらいの人がいた。とは言え発言するのは大体中心のメンバー。

今回の議題は、TAの給与、学生の産休・育休、オーストリアビザの話など色々アップデートがあったが、中心はコロナ関係の話。学部問わず博士学生全体で研究に影響を受けているので、一律奨学金を六ヶ月延長の申し立てをしようとしている。

欧米の大学や研究所にいるPhDは、分野によって基準は違うだろうが、概ね半年〜一年の奨学金や博論提出締め切りの延長などの対策が取られているので、うちの大学でも学部問わず一様に延長をお願いしたいのであるが、どうも大学側と話がうまくいっておらず、上層部は普段提供している色んな研究資金があるからそっちを使えと言われて、コロナ用に対策をとるつもりがないらしい。

大学は個人単位で困っている人(例えばフィールドワーク中に帰ってこれなくなった人、ハンガリー帰国後ホテルに滞在する事になった人)にはお金を出していてこれは素晴らしいなと思うが、しかし継続なお金ではなくて基本的にはその場限り。目の前のお金に困っていなくても、多かれ少なかれみんなまともな状態で研究できないので(オフィスにいけない、実験できない、フィールドにいけない、図書館・アーカイブにアクセスできないなど)、ちゃんと研究のために使える時間とお金を延長して欲しいという話である。

上層部の人間が言っている「研究資金」は研究の目的にそって提供されるもので(例えば他国に留学して教育したり研究したり)、コロナの状況で使える用途ではない。書類を申請して審査に通った人だけもらえる資金なので、誰でももらえるお金ではない。というのは至極当たり前なことなのに、理事長あたりの人は研究費のことをなんだと思っているのだろうか。

ということで色々話し合うが、時間もなく後日ポイントをまとめたメールや署名のファイルが回ってくるとのことだった。色々考えて頭がぐるぐるするので、こういう活動に積極的な二年上の先輩に話して、日曜日に学部のことについて一緒に考えることにする。

欲しいものは要求をするのが当たり前の世界(アメリカの大学)にいて、最初は文化にもなれずなんだかなぁと思っていたが、そもそも要求しないで助けてもらおうというのも変な話だなぁと思うようになってきた。今までPhDワーキンググループの活動は博士学生の研究生活を豊かにする提案ばかりである。研究費への提案(昔は競争的な物しかなかったので、一律で全ての学生に一定の研究費を振り分ける)、奨学金の増額(ブダペストの物価が急上昇してるため)など、学生発信で色々変えてきたことが多い。好き放題言うのは相手にも聞いてもらえないし説得力もないが、こちらが享受すべき権利を明確にし、相手に伝わる言葉で表現するスキルはとても大切だなぁと思う。まだ自分は全然うまくできないので、この活動から学ぶことは多い。

研究はコロナ前も今もうまく行ってないんだけど、博士課程はいわゆる実験をするとかデータを解析すると言う「研究」だけじゃないなとたまに色んな活動に参加していると思う(というかこれも研究生活の一部と言えば一部な気もする)。

五月五日

いつも通り起きて朝ごはんを食べてストレッチし、机に着く。椅子の質が悪いので長時間座れないのが辛い。

ラボミーティングが火曜日から木曜日に移ったので一日中時間があったのに何にもしなくて終わった。何にもしてないことはないのだけど、小さな課題の一個か二個片付けたら夕方だった。

夜はチリ人の後輩と久しぶりにスカイプ。同じラボのメンバーだから毎週ラボミーティングでは顔を見ているが、個別に話すことは大学にいけなくなってからこれが初めてである。来年度オーストリアに移転する際のビザの問題など、EU外からきた外国人として共通の悩みや知識の共有などをする。

普段平静に見えて誰かに甘えることもなく一人で着々と物事をこなす子だなぁと思っていたが、意外と色々不安に思ったり心配になったことがあったらしくて、やっぱり人は一見で判断してはいけないなぁと思う。私もなんだかそれを聞いてちょっと安心する。

五月六日

今日は先生とのミーティング予定だったが全く予定のものができていなかったのでキャンセルさせてもらう。先生は優しく何も咎めないが、罪悪感が半分とどうでもいいやと言う気持ち半分の変な感じである。

夕方のコロキアムもキャンセルになり、今日も一日何もなかったが、少しプログラムをやっただけで疲れてしまって気付いたら夕方である。三食まともにご飯を作っているからなのか、こまめに掃除をするからなのか、全く何かわからないが家にいるとすぐに一日が終わってしまうなぁと言う気がするが、気のせいかもしれない。よくわからない。

最近空いた時間はせっかくお金を払ってるのでNetflixを見ている。特に日本だと見れないらしいジブリシリーズが(多分ほぼ全作)公開になってるので、見たことがあるもの・ないもの含めて少しずつ見ている。

改めていいなぁと思ったのはナウシカで、なぜかずっと見ていなかったハウルはもっと好きだった。見たのにあまり記憶がないのはもののけ姫であった。ラピュタと千と千尋はなんでかわからないが、ほとんど覚えていてBGMで流しても映像が浮かぶぐらいだ。ジブリの作品は意外と長くないと気付き、三十分ずつぐらいこまめに見れば一日か二日で一作ぐらい見終わるから手軽だなぁと思う(深く考えなければ話も難しくないし)。