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#21 兼業生活「自分らしく、みんなのために」~狩野俊さんのお話(3)

お金じゃなくて知が増える、「知本主義」

室谷 狩野さんは2017年に「本の交換市」を主催して以来、店舗の外側に「まちのほんだな」と称する、自由に本を交換できる本棚を置いています。とてもいいことに思えますが、実際の運営は苦労も多い。とりわけ「交換の難しさ」についてnoteで言及なさっているのが、興味深いです。

回を重ねてわかってきたのは、モノとモノとの交換は、その人の力量によって、得られるモノの質や量が違ってくる、ということです。たとえ悪意はなくとも、言葉が巧みで、声の大きい、または腕力のありそうな、力の強い人が、多くの場合有利なのです。「まあ、いいか」と心の中でつぶやき、心優しい人はあまり読みたくない本でも、笑顔で大切な本を手渡してしまう、そんな場面を何度か見ました。取引きというのがある時代までは、命のやりとりにも似ていた、というのが納得できました。お金は、それを得る力はともかく、売買の場に置いては、人を平等にするのだな、と感じました。

『まちのほんだな』のこと、続き。そしてブック券のこと。」より抜粋

貨幣がなぜこんなに普及したかというと、こうした「交換の難しさ」を解消できるからですよね。

狩野 物々交換は人の顔が見えるのがいいところですが、それゆえに使う人の力量に左右されてしまう。その点、貨幣は等価交換ができるので、力がある人もない人も平等に使えます。でも味気ないし、やたらと貯め込んだり増やしたりする人が出てきて、貨幣そのものが目的化しやすい。

そこで、いま準備している「本の長屋」では、人びとのやり取りの間に、「BOOK」という地域通貨のような券を使う実験をしたいと思っています。

BOOKは物々交換と貨幣の中間のような存在で、労働と本の交換にのみ使えます。使用期限があり、使える地域も狭いから、必要以上にBOOKが増えることはない。お金そのものが増えていく資本主義とは違って、BOOKを使って増えるのは「知」です。資本主義に対抗する「知本主義」といったら、ちょっと面白くないですか。

室谷 本の交換の際、「みんなが善意で動くわけではない」という困難についてもnoteに書かれていますね。これはコミュニティー運営においても出てくる問題だと思います。

狩野 いま思うと、善意・悪意の前に、そもそも本に対するリテラシーの違いも大きいのかなと。うちの子が小学1年生のころ、親が参加する公開授業で「家にある絵本をもってきてください」というお題が出されました。授業を見に行くと、クラスの9割ほどが100円ショップで買った絵本を持参していました。店名が入っているから、すぐにわかるんですね。本屋に行く人が減っているし、ふだんから本を読む人も社会全体では少ないということを、反映するできごとでした。

うちの店は本好きなお客さんが多いので、世間で「本が読まれない」といわれても、あまりピンときていませんでした。でもそのことがあって、やっぱり本離れは起きていると実感しましたね。

うちの店でやっている「まちのほんだな」でも、もしかしたら初めて本棚と接する人がいるかもしれない。そうだとしたら、自分が持っているフリーペーパーとそこにある本を交換することに悪意があるのではなく、単にリテラシーが足りないだけ。そんなふうにも考えるようになりました。

室谷 本と出会うきっかけをつくることも大切ですね。

狩野 最近は学校教育の中でも、図書館を利用しようという動きが結構あります。図書館を利用する課題が授業で出されたりとか。そこから新刊書を買うところにまでいくかはわかりませんが、本と出会うきっかけにはなるでしょうね。

うちの店も、本の世界に足を踏み入れる一歩になればいいなと思います。飲食店だから入りやすいでしょうし、食べ物が目的でやってきて、その人にとってのファースト古本屋になったらうれしい。文学カレーだって、おいしそうだと思って通販で買って食べて、同封のブックガイドを見て「夏目漱石は知っているけど読んだことないな。読んでみようか」となるかもしれない。そうやって少しずつでも、世の中の人が本に接する機会を広げていけるといいですね。

(つづきます→「あの世に持っていけないものは、全部嘘じゃないか」

※写真はすべて友人である写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudio によるものです

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