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「行動変容」を促すメッセージ発信のポイント

はじめに

新型コロナの感染拡大が続く中、「行動変容が足りない」というメッセージを感染症の専門家や政治家から繰り返し聞くようになりました。しかし、こうしたメッセージはどこか "市民任せ" であり、本気で行動変容をさせたいという意思を感じられないと感じています。

たとえば、政府のコロナ対策を担っている西村経済再生相は「感染拡大が続けば、皆さんの就活に影響する」というメッセージを若者に向けて発信したといいます。

しかし、よく考えてみれば、若者の中で「就活」に対する影響を受ける人たちはどれくらいいるのでしょうか。一般的な大学生について考えてみても、低学年は現時点であまり関係がなく、大学4年生は既にほとんどが就活を終えていると考えられます。

また、大学3年生などはすでにインターンで大きな影響を受けています。必ずしも悪影響だったとは言い切れないものの、倍率が大幅に上がってしまった企業もあるといいます。インターンも広い意味では就職活動の一部ですから、もう「就活には影響が出ている」と言っても過言ではない状況です。

いったい、西村大臣は誰に向かってこのメッセージを出したかったのでしょう。あまり言いたくはないことですが、政府の中でも「行動変容」を訴える中心となるべき大臣がこの程度のレベルの発信をしてしまっているのです。まぁ、他の例を挙げるまでもなく、日本のコロナ対策における「科学コミュニケーション」のレベルはお察しという状況です。

しかし、周囲の「気の緩み」に不安を抱えている人は少なくないですし、どういったメッセージを出すことが「行動変容」につながる可能性が高いかということは考える必要があると思います。

ところで「行動変容」を促すためにリーダーがどういった行動をとるべきかということについては、4月の時点で一度記事を書きました。

この記事では、主に、アメリカ心理学会 (APA) による "How leaders can maximize trust and minimize stress during the COVID-19 pandemic" という記事を参照し、リーダーのとるべき行動を紹介しています。具体的には、

「自身のストレスを管理する (Manage stress)」
「共感性と楽観性をもって情報を共有する (Share information with empathy and optimism)」
「信頼を築くために信用を利用する (Use credibility to build trust)」
「誠実かつ透明な態度をとる (Be honest and transparent)」
「定期的にコミュニケーションをとる (Provide regular communications)」
「フィードバックの場を準備する (Provide a forum for feedback)」
「模範となる (Be a role model)」

といったことが必要であると指摘しました。果たして、日本の国家レベルのコロナ対応はどの程度こうした "科学的に良い" とされている対処ができていたと言えるでしょうか。正直、どれも怪しいというのが率直なところです。

こうした状況を踏まえれば、市民が行動変容しない(あるいは「気の緩み」がみられる)のは、この国の感染症対策のリーダー(特に政治家)にも大きな問題があると考えるべきではないかと思います。

もちろん、個々の市民はリーダーを言い訳にせず、予防行動をしっかりと徹底する必要があります。ただ、リーダーたちは行動変容しない責任が自らにもあることをしっかりと受け止め、科学ベースで対応を考えていく必要があるのではないでしょうか。

「行動変容」と大騒ぎしても、行動変容なんて起こらないのです。

さて、本記事では、以前書いた記事とは内容を変えて「行動変容を促すようなメッセージの出し方」を中心に考えてみたいと思います。とはいえ、メッセージの出し方についての研究は非常にたくさんあり、新型コロナ禍での研究(特に第一波の際のもの)も増えてきました。色々と書きたいことはあるのですが、すべて書いていると大変な量になってしまいます。

何を取り上げるか迷ったのですが、今回は、ポーランドのヴロツワフ大学の心理学者である Marta Kowal と Piotr Sorokowski の論文「新型コロナ禍で健康勧奨事項を守るように人々を説得する方法(How to convince people to comply with health recommendations during COVID‑19 outbreak)」という論文(査読無)で挙げられていた5つのポイントを中心に、どういったメッセージ発信が重要になるかを考えていきたいと思います。


1.must〔強制〕ではなく should〔義務〕を使う

人が押しつけられて何かをやるというのは一時的には効果があっても長続きしないことが多いものです。感染症への対策ももうすぐ一年といったところであり、押しつける形での対策の効果は低くなってきていると予想されます。そういった意味では、二度目の「緊急事態宣言」による効果も、前回より下がってしまう可能性があるかもしれません。

つまり、国から押しつけられているから感染症の予防をするのではなく、人びとが自分たちから「感染症予防をしたい」と思って予防をするようになることが、行動を長期的に維持していく(気の緩みを減らす)ためには欠かせないことではないでしょうか。言い換えれば、自律的なモチベーションによって感染予防行動をとることができる状況を整えることが必要になると考えられます。

実際、ある研究(Chan et al., 2015)では、新型インフルエンザの予防行動を呼びかけるメッセージとして、自律性を支援する形式のメッセージ(例:個人の価値観を重視する・望ましい行動の合理的根拠をしっかりと説明する)の方が、より高いモチベーションにつながることが示されています。

すなわち、「強制」を強調せずに各人の「義務」感を喚起するようなメッセージがこれからは重要になってくるのではないでしょうか。


2.You〔あなたたち〕ではなく We〔私たち〕を使う

私たちは、自分たちの所属している集団(心理学では「内集団」と呼ぶ)のメッセージをより受け取りやすいということが言われています。これを今回の文脈に置き換えるならば、メッセージを発信するリーダーが自分たちの同じ集団に属しているという認識があった方が良いということになります。同じ集団であるという認識を簡単に可能にするのは「We」という主語を使うことですが、他にもできることはありそうです。

ところで、信頼(trust)に関する研究の中に「主要価値類似性モデル」というものがあります。非常に端的に言えば、ある問題に対する主要な価値(重視していること)が自らと同じであるという認識が、相手への信頼につながるというモデルです。最近の例で言えば、アメリカ大統領選で、経済を重視する人がトランプを支持し、コロナ対策を重視する人がバイデンを支持するという傾向がありましたが、まさにこのモデルと重なっています。

新型コロナの対策において、行動変容を訴える人びとは、どうしても「感染拡大防止」という "主要価値" が強く表れているとみなされます。しかし、それでは「経済」問題を重視する人から信頼できる相手とみなされなくなる可能性が高く、その結果として、同じ集団とみなされにくくなってしまう(メッセージを無視されやすい)という問題があると思われます。

この点について、岩田健太郎先生が言うように「感染対策は経済を回すための前提である」というメッセージを積極的に発し、感染対策と経済対策を対立概念のように扱わないことが有効であると考えられます。このようにして、経済を重視する人と感染対策を重視する人が一体の集団となれるようなメッセージの発信は、広く「行動変容」を促すことにつながるでしょう。

補足ですが、日本に住む外国人などを集団から排除しないようには注意が必要です。このような「排外主義」は感染対策において逆効果です。


3.道徳的義務に訴えかける

人の道徳や規範意識に訴えるというのは「行動変容」を促す上でかなり強力なメッセージとなると言われています。直接的に言えば「いまは、ソーシャルディスタンスをとることが道徳的な行為です」というメッセージです。もちろん、やり過ぎには注意が必要ですし、あまり強い制限になると倫理的な問題も孕んでくると思います。国家が「道徳」を決めるわけですから。

ただ、もう少しライトな形態として「医療従事者を救うために」とか「感染リスクの高い人に移さないために」といったような、他者を助けるという点を重視したメッセージを出すということが考えられます。これらも一種の道徳的な義務感の強調です。実際、新型コロナ禍の研究でも、他者を強調したメッセージが自己を強調したメッセージよりも有効な可能性を示唆した研究もあります(Luttrell & Petty, 2020)。


4.私たちは乗り越えられる(We can achieve it)

「行動統制感」という概念があります。簡単に言えば「自分の力で実行することができる」という感覚のことです。細かい説明は控えますが、ある行動の生起プロセスについて説明する「計画的行動理論」の中でも、実際の行動につながる重要な要因の一つに「行動統制感」が挙げられています。つまり、自分の力でどうにかできると思えるからこそ、実際の行動につながっていくというわけです。自信とか自己効力感とも似ている概念です。

かつて、アメリカ大統領だったバラク・オバマが「Yes, we can」と言っていましたが、こういった観点からみると、まさに「行動統制感」をくすぐるようなメッセージだったのだと思います。

新型コロナは第三波を迎え、これまでも継続的に予防をしてきた人からすれば、無力感の高まる状況であることが懸念されます。改めて気持ちを引き締めようにも、「これまでだって気持ちを引き締めてきたけど、また広がってしまったじゃないか」という感覚を持ってしまっていれば、なかなか気持ちが前に向かないのではないかと思います。

だからこそ、もう一度 "前向きな" メッセージ、具体的には「私たちは乗り越えられる」というメッセージを出すことが必要ではないかと感じます。


5.ポジティブな感情を持てるメッセージ

私たちの行動は「感情」に少なからず影響されるため、どういった感情が予防行動につながるのかといった観点は重要です。たとえば「不安」や「恐れ」といったネガティブ感情はコロナの予防行動につながることが指摘されてきました。しかし、そうしたネガティブ感情は、うつや燃え尽きのリスクなどを高めるというネガティブな効果も指摘されています。

一方で、「感謝」「誇り」「希望」といったポジティブ感情もまた予防行動につながるといわれています。一時期「エッセンシャル・ワーカーの方へ感謝の気持ちを」という動きがありましたが、個人的には、あの取り組みもけっこう良い取り組みだったのではないかと感じます。

ある研究(Heffner et al., 2021)では、新型コロナウイルスの脅威を強調したメッセージと、向社会的なメッセージ(予防行動の効力感を強調したメッセージ)との間で、「自己隔離」の意欲に与える影響に差があるかを調べた結果、それぞれのメッセージの効果は同程度だったものの、脅威を強調するメッセージは強いネガティブ感情を喚起してしまうという、ある種の "副作用” がみられました。もちろん、ネガティブな感情を否定すべきではないと思いますが、ポジティブな感情を喚起する向社会的なメッセージでも十分な効果があったという知見は重要でしょう。


おわりに

最初に、多くの専門家や政治家のメッセージからは「行動変容をさせたいという意思が感じられない」と書きました。その理由は、本稿でも示したように「行動変容」にも多くの研究の蓄積があり、単純に「行動変容してください」というメッセージを出してもうまくいかないことは分かりきっているからです。

自分は心理学をある程度は勉強してきた人間ですが、「行動変容」の専門家でもなんでもありません。特に、今回の記事で扱ったような健康心理学領域の「行動変容」モデルについては最近勉強し始めたばかりであり、正直に言って知らないことだらけです。しかし、そんな初学者の人間でも現在の日本の対策が微妙であるという感想を持たざるを得ないのです。

そんなに「行動変容」してほしいなら、どうして「行動変容」について学んで対応しようとしないのでしょうか。あるいは、どうしてそうした専門家の協力を借りようとしないのでしょうか。一時期、行動経済学の「ナッジ」を取り入れようという動きがありましたが、逆に言えば「ナッジ」くらいしかやらなかった結果が、いまの状況ではないでしょうか。

ここ数日のニュースでは「行動変容の不足」とか「気の緩み」とか、色々な発言を聞きましたが、本気で行動変容させたい、本気で気の緩みを減らしたいと考えて行われたメッセージが一体どれくらいあったでしょうか。

本稿で示したいくつかの見解は「行動変容」の膨大な研究の中のごくわずかな一部分でしかありませんが、こうした科学的な「行動変容」論が実践に応用されていくことを一市民として願っています。

※本稿の内容については、非専門家である筆者による私見も多く含まれているため、エビデンスとしての質があまり高くないという点にはご留意ください。


主な参考文献

Heffner, J., Vives, M.-L., & FeldmanHall, O. (2021). Emotional responses to prosocial messages increase willingness to self-isolate during the COVID-19 pandemic. Personality and Individual Differences, 170. https://doi.org/10.1016/j.paid.2020.110420

Kowal, M., & Sorokowski, P. (2020). How to convince people to comply with health recommendations during COVID‑19 outbreak. https://depot.ceon.pl/handle/123456789/18941

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