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COVID-19が引き起こすネガティブ感情に対処するために〜心理学が教えてくれること〜

日本心理学会が、『もしも「距離を保つ」ことを求められたなら:あなた自身の安全のために(Keeping Your Distance to Stay Safe)』というサイトを公開しています。

元の記事は、アメリカ心理学会(APA)による”Keeping Your Distance to Stay Safe”という記事で、それを日本の心理学者が翻訳し、必要なところを加筆したものとなっています。

日本においても、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、「社会的距離の確保(social distancing)」「検疫」「隔離」といった措置の実施が求められています。こうした対策には感染症の拡大を防ぐ効果がありますが、同時に心理的な問題を引き起こすリスクもあります。

日本心理学会の記事の中では、これらの感染症対策によってどのような心理的影響があるか、どのように対処すべきか、また隔離後には何が起こり得るか、について心理学が積み重ねてきた知見が明快に書かれています。

心理的問題への対処法については、以下の5つが紹介されています。

・信頼できる情報を獲得しよう
・日々のルーティンを作り,それを守ろう
・他者とのヴァーチャルなつながりを保とう
・健康的なライフスタイルを維持しよう
・ストレスを管理し,前向きでいるために心理的方略を使おう

自分の知りうる限り、今回の感染症対策をめぐって、心理学や精神医学の専門家がメディアに出て、「距離を保つ」対策をとる上での心理的問題について語っている機会をみたことはほとんどありませんでした。トイレットペーパー買い占めの問題にコメントしてる人はそこそこ見たんですが......

何はともあれ、件の記事に書かれていることは、こういう時だからこそ知っておくべきことが多くあると思います。心理学を学ぶ一人の学生としても、ぜひ多くの方に参考にしてほしいなと思います。

ちなみに、東日本大震災の時にも、日本社会心理学会が「東日本大震災を乗り越えるために:社会心理学からの提言と情報」というサイトを公開していて、現在でも閲覧が可能となっています。このような形での心理学の社会貢献は今後も続いていってほしいなと思うばかりです。

記事の紹介①~「不安」への対処~

ところで、英語で読める記事の中には、APAの提言のほかにも「新型コロナ」をめぐる心理的問題への対処について記されたものがいくつもありました。ここ数週間で急速に増えてきている印象です。本稿では、そのうち2つの記事を簡単に紹介したいと思います。

臨床心理学者の Jelena Kecmanovic 氏によるこちらの記事では、新型コロナウイルスに対する「不安 (anxiety) 」への対処方略が7つ紹介されています。

1. 不確実さへの寛容を実践する (Practice tolerating uncertainty)
不確実性の高い状況に対して寛容性が低いことは、不安への脆弱性につながることが指摘されています。「分からない」という状況を受け入れる実践 (e.g., 答えが必要なときにすぐに友人に連絡しない)などを行っていくことが推奨されています。

2. 不安のパラドックスに立ち向かう (Tackle the anxiety paradox)
不安に対処しようとする行動をとると、一時的には効果がありますが、長い目で見ると不安を増大させることが指摘されており、これを「不安のパラドックス」といいます。不安感情を受け入れ、まっすぐ向き合うことも大切であると指摘されています。

3. 存在論的不安を乗り越える (Transcend existential anxiety)
健康への恐怖があるとき、死への恐怖が高まりやすく、体のちょっとした不調に対して過敏になってしまうことなどがあります。たとえば「人生の目的」を意識することなどが有効とされています。

4. 人間の回復力を過小に見積もらない (Don’t underestimate human resiliency)
人は、ネガティブな出来事が自分に与える影響を過大推定し、それにどの程度上手く対処できるかを過小推定する傾向があります。そうしたバイアスを知り、自分が思っているよりも回復力は高いという認識を持つことも不安の低減に役立つと指摘されています。

5. 脅威を過大推定することに巻き込まれない (Don’t get sucked into overestimating the threat)
人間は、なじみのない脅威についての危険性を誇大視する傾向があります。特に、メディアを通じた情報接触などでそうした危険性の認識が強まります。メディアへの接触時間を減らし(1日30分未満とか)、こういった状況では不安になりやすいことを認識しておくことが重要です。また、不安を抱くことが現実を悪く見せるということも指摘されています。

6. セルフケアを強化する (Strengthen self-care)
ストレス下では、十分な睡眠、定期的な運動、マインドフルネスの実践、自然の中で過ごす、リラクゼーションの技法の実践、といったことを実践すると良いといいます。これらの行動が、ゆくゆくは幸福感を高め、免疫システムの強化にもつながるといいます。

7. 必要なときには専門家の助けを求める (Seek professional help if you need it)
不安を感じやすい人、不安に関連する疾患を持っている人の場合には、専門家に相談することも必要です。認知行動療法や特定の薬が不安の低減に役立つと指摘しています。

記事の紹介②~「Cabin fever」への対処~

認知神経科学者の Sarita Robinson 氏によるこちらの記事では Cabin fever の対処法について記されています。Cabin fever というのは「家の中などにこもりすぎることによって怒りや退屈といった感情が高まること」だそうです。初めて知りました。今回の感染症対策の文脈で言えば、自己隔離(自宅待機)によって起こる心理的症状と考えられます。

記事では、4つの対処方略について記されています。

1. 免疫システムを強化する (Boost your immune system)
社会的なつながりが少ない人は、健康問題に苦しんだり、病気にかかりやすくなったり、免疫システムが低下することなどが示されています。一方、新型コロナ対策で必要な自己隔離の期間で免疫が低下することは考えにくいともされています。
しかし、隔離期間中に免疫システムを強化することは役立つと指摘されており、具体的には、運動、ビタミン摂取、アップテンポの音楽を聴く、映画を見る......といった行動が有効なものとして挙げられています。

2. 一日を構造化する (Structure your day)
自己隔離によって、不安や抑うつ感情が高まり、過敏性が高まったり、記憶・睡眠・集中力などに問題が生じる可能性があります。食事の時間や睡眠の時間を明確に決めることで、計画的な行動や目標の設定が促され、モチベーションを保ち、落ち込みを防ぐことができると指摘されています。

3. 社会的なつながりを保つ (Maintain social contact)
自己隔離によって気分が落ち込んだり不安になる理由に、友人や家族などからのサポートを受ける機会が減るということがあります。そのため、隔離中も電話やSNSを用いたチャットなどで他者とのつながりを保つことが、お酒の量を増やすなどの不適応的な対処方略を行わずにメンタルヘルスを維持することにつながります。

4. 対立を避ける (Avoid conflict)
複数人での隔離の場合には、他者との口論などが起こりやすくなります。それを減らすためには、20分程度の運動をすることで緊張感を和らげ、気分を高揚させたり、他者と15分ほど離れることで落ち着いてから再び他者と接すること、などが有効と指摘されています。

おわりに

本稿で紹介した2つの記事と日本心理学会の記事を合わせて、本稿で見てきた心理学が提案する対策を簡単にまとめておきます。

APA(訳:日本心理学会)による記事(Social distancing の際の注意点)
・信頼できる情報を獲得しよう
・日々のルーティンを作り,それを守ろう
・他者とのヴァーチャルなつながりを保とう
・健康的なライフスタイルを維持しよう
・ストレスを管理し,前向きでいるために心理的方略を使おう

Jelena Kecmanovic 氏による記事(不安への対処)
1. 不確実さへの寛容を実践する
2. 不安のパラドックスに立ち向かう
3. 存在論的不安を乗り越える
4. 人間の回復力を過小に見積もらない
5. 脅威を過大推定することに巻き込まれない
6. セルフケアを強化する
7. 必要なときには専門家の助けを求める

Sarita Robinson 氏 による記事(Cabin fever への対処)
1. 免疫システムを強化する
2. 一日を構造化する
3. 社会的なつながりを保つ
4. 対立を避ける

※本稿で紹介した2つの記事については、翻訳ではなく簡単に要約したものです。詳しい内容は元の記事を参照してください。また、内容理解が間違っている場合がありますので、可能であれば元の英語記事をお読みいただくことを推奨します。

その他の記事

以下は、個人的なメモです。

Coronavirus threat escalates fears — and bigotry (2020/02/11)
→新型コロナウイルスの感染拡大にともなって「恐怖」と「偏見」の拡大が起こるということを指摘した記事。
https://www.apa.org/news/apa/2020/02/coronavirus-threat

・Battling coronavirus misinformation in the age of social media (2020/03)
https://www.theguardian.com/world/2020/mar/03/battling-coronavirus-misinformation-in-the-age-of-social-media

・There’s plenty of toilet paper – so why are people hoarding it? (2020/03/11)
https://theconversation.com/theres-plenty-of-toilet-paper-so-why-are-people-hoarding-it-133300

・EASING THE SOCIAL IMPACT OF THE CORONAVIRUS PANDEMIC ON OLDER PEOPLE (2020/03/13)
http://www.spsp.org/news-center/blog/leary-seniors-pandemic-isolation

How to keep coronavirus fears from affecting your mental health (2020/03/14)
https://edition.cnn.com/2020/03/14/health/coronavirus-fears-mental-health-wellness-trnd/index.html

Fear can spread from person to person faster than the coronavirus – but there are ways to slow it down (2020/03/16)
→「脅威の伝染 (fear contagion) 」について進化的な観点も交えながら解説した記事。
https://theconversation.com/fear-can-spread-from-person-to-person-faster-than-the-coronavirus-but-there-are-ways-to-slow-it-down-133129

PSYCHOLOGY OF CORONAVIRUS (2020/03/18)
→新型コロナウイルスをめぐる偏見について、「行動免疫システム」の観点から簡単に解説した記事。
http://www.spsp.org/news-center/blog/light-psychology-of-coronavirus

・Coping with life in isolation and confinement during the Covid-19 pandemic (2020/03/18)
https://thepsychologist.bps.org.uk/coping-life-isolation-and-confinement-during-covid-19-pandemic

・Study of Wuhan residents uncovers some predictors of posttraumatic stress symptoms during the COVID-19 outbreak (2020/03/18)
https://www.psypost.org/2020/03/study-of-wuhan-residents-uncovers-some-predictors-of-posttraumatic-stress-symptoms-during-the-covid-19-outbreak-56166

・COVID-19: Advice for pregnant women (2020/03/19)
https://neurosciencenews.com/covid-19-pregnancy-15946/amp/

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