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性犯罪者との向き合い方

(*本稿は先日書いた拙稿を再構成したものです。)

はじめに
 本稿では、2018年7月18日放送のNHK「クローズアップ現代+ 万引き・痴漢という“病”~刑罰だけでなく治療も~」の内容を踏まえた上で、性犯罪者への処遇の現状について整理し、今後必要な視点について考察を行う。

治療をする意味
 犯罪者に対してなぜ「治療」をしなければならないのだろうか。原田 (2015) は、犯罪者に対する治療効果についてメタ分析で得られた結果を大きく3つにまとめている。まず一つ目が処罰は再犯リスクを抑制しないこと、二つ目が適切な治療は確実に再犯率を低下させるということであった。そして三つ目が治療の種類によって効果が異なるということであり、認知行動療法等の行動科学に基づいた療法がもっとも望ましいという。すなわち、再犯防止という観点から行動科学に基づく「治療」が必要と考えることができる。

リラプス・プリベンション
 日本での性犯罪者の治療プログラムは、マーラットの開発した「リラプス・プリベンション」という依存症治療のモデルを軸としていることが多く、集団認知行動療法として刑事施設や保護観察所で行われている (嶋田・熊野, 2015) 。
 原田 (2015) によれば、リラプス・プリベンションで治療の中心となるのは、性犯罪の引き金となるものを探し、それへの対処を学習することである。さらに、依存症治療とは異なり、共感性の涵養や女性に対するゆがんだ認知の修正も重要な課題となる。また、嶋田・野村 (2008) によると、これらのプログラムには「性犯罪に関する知識の獲得(心理教育)」、「三項随伴性に基づく刺激統制」、「認知的再体制化」、「問題解決訓練」、「被害者共感性の教育」、「社会的スキル訓練」、「情動への対処」等の心理学的介入が盛り込まれている。
しかし、Ward, Mann, & Gannon (2007) は、リラプス・プリベンションは、治療への動機づけを高める手続きの記述が不十分であり、否定的もしくは回避的な目標設定を導きやすいという問題点があることを指摘している。

Good Lives Model
 Ward et al. (2007) は、個人の社会適応や満足感の向上を意図した「Good Lives Model」を提唱した。このモデルでは、犯罪行動の抑止にとどまらず,その保護要因としての社会適応の側面を強調しており、各個人の持つ健康的な側面を強調する立場を取っている。
 大石 (2015) や、野村 (2017) は、健康心理学によるエンパワメントが性犯罪者治療の再犯防止に重要な役割を果たすと考えられる一方、そうした多種のアプローチにおける知見が一貫しておらず、今後さらに検討を進めていく必要性を指摘している。

強迫的性行動症
 性犯罪者に対する「治療」が広まっている背景として、強迫的性行動症 (compulsive sexual behavior disorder ; 以下、CSBD) という“病”が認知されてきたことも挙げられるだろう。これは、「反復性のある強い性的衝動」を抑制できないという特徴を持ち、「個人的、家族的、社会的、教育的、職業的、その他の重要な分野で活動するうえで重大な障害 (impairment)を引き起こす」ものと定義されている。国際疾病分類 (ICD) において、CSBDは衝動制御の障害 (disorder) に分類されており、いわゆる精神障害の一つと考えられている。

障害の「社会モデル」という視点
 最後に、今後の性犯罪者への処遇に必要だと考えられる視点を述べておきたい。CSBDは前節で紹介した通り、障害 (disorder) と考えられている。このように、CSBDを障害と考えるならば、「医療モデル」のみではなく、「社会モデル」に基づいた視点も必要ではないだろうか。障害の社会モデルでは、障害は個人のみにあるのではなく、社会との相互作用の中にあると考える。さらに、「障害」の軽減にあたって、個人の問題のみに帰着させず、合理的配慮や環境の整備を行うことが必要であると考える。
 もちろん、性犯罪を行った者は「犯罪者」であり処罰は必要である。しかし、「解決」を目指していく上では、CSBDの性犯罪者の「障害」に対して「治療」と「環境調整」の二側面からアプローチしていくことが必要になる。たとえば、「引き金」となる環境(例えば満員電車)の調整が効果を持つ可能性は高いと考えられる。ライターの藤野ゆり (2018) によれば、JR埼京線で、満員電車での痴漢対策として防犯カメラの設置や衆人環視の強化を行い、痴漢件数を減少させたという。環境からのアプローチが性犯罪者の「障害」を軽減させ、被害の減少につながった一例である。治療の行き届かない人に対しても効果が発揮されるという意味でも、今後は「環境調整」という視点からの対策強化が強く求められる。

主な参考文献

藤野ゆり(2018). JR埼京線の痴漢件数、なぜ半分以下に激減?カギは「人の目」と1号車限定の○○.
原田隆之 (2015). 入門 犯罪心理学. 筑摩書房.
日本放送協会 (2018). 万引き・痴漢という"病" ~刑罰だけでなく治療も~. 
野村和孝 (2017). 再犯防止を目的とした認知行動療法の現状と課題―健康心理学によるエンパワメントの果たす役割―. Journal of Health Psychology Research, 29, 95-102.
Ward, T., Mann, R. E., & Gannon, T. A. (2007). The good lives model of offender rehabilitation: Clinical implications. Aggression and violent behavior, 12(1), 87-107.

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