ある男
○「正直、今日死んでも構わないんです。何の希望も無いんで。」
●「どうして。」
○「とにかく、何もかもですよ…。仕事もうまくいかないし、友達もいませんし。」
●「仕事はどんなことをしてるの?」
○「工場で働いてます。細かい部品を組み立てたり、機械を動かしたり。」
●「つまり、その仕事は楽しくないってこと?」
○「まぁ、そうですね…。上司には毎日怒られてばかりです。」
●「怒られるって、例えばどんな?」
○「僕は人よりどうも要領が良くないみたいです。時間通りにできなかったり、頼まれたことがすっぽり抜けてしまったり。」
●「休みの日は何をしてるの?」
〇「別に。決まったことは何も無いですよ。」
●「趣味は無いの?」
○「趣味ですか…………。無いですね……。」
●「じゃあ、これをしてるときは気が紛れるとか、そういうの無いの?」
○「気が紛れること……。」
●「そう。ひとつぐらい何かあるでしょ?将棋とか漫画とか釣りとか、なんでもいいよ。」
○「…………服は好きですかね。」
●「あるじゃん!!!」
〇「好きって言っても……。ウィンドウショッピングしたり、二ヵ月に1回、気に入ったものを買ったり、その程度ですよ…。」
●「服はどんなものが好きなの?」
○「…………デニム、ですかね。」
●「そのデニムかっこいいね。」
〇「はぁ……。ありがとうざいます。」
●「じゃあ、こうしよう。君はデニムを自分で作るんだ。」
〇「……自分で作る。」
●「そう、自分で作る。」
〇「……………。」
●「自分が納得できる最高のデニムを作るんだ。」
〇「デニムって作れんですか……。」
●「いや、詳しくは知らないけど。君が履いてるそのデニムだって誰かが作った訳だから。君だって作れる。」
〇「……そういうもんですかね。」
●「まずは、ミシンが必要だな。」
〇「結構しますね……。」
●「最高のデニムを作るんだから妥協は無しだ。」
〇「はぁ……。」
●「手取りは?」
〇「17万くらい…。」
●「そこから2万円はデニムの制作費用に充てよう。」
〇「結構厳しいですね……。今でもぎりぎりなんですけど……。」
●「何かを得るには何かを犠牲にしないと。」
〇「……。」
●「仕事は何時に終わるの?」
〇「21時くらいですかね……。だいたい残業なんで。」
●「19時半に終わらせよう。君は家に帰ってデニムを作らなきゃいけない。」
〇「……。」
●「仕事を早く終わらせて、帰ったらデニムを作る。」
〇「帰ったらデニムを作る……。」
●「そう。そのために昼間は会社へ行って、仕事を早く片付けることに意識を集中するんだ。」
〇「僕はデニムを作らなきゃならないから?」
●「そう。君はやるべきことをするんだ。」
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