はじめに 〜1枚の絵をめぐる物語がはじまる〜
ここに1枚の絵があります。
それは「未来の学校」の姿を描いたもので、同時にそれは、未来の僕たちが、笑顔に溢れ、個々の才能をごく当たり前に発揮しながら、お互いの調和のもと、気持ちよく楽に生きている世の中(社会)の姿でもあります。
この絵は、実はすでにあるもので、遠い未来からか、あるいはずっと昔の時代からか、おそらくはそのどちらでもないところからやってきました。
決して、たとえば僕という1人の人間が、考え出して描いたものではないということです。
きっと多くの人が、この絵を見たことがあるでしょう。
でもそれは、おぼろげにしか思い出すことのできない夢のようなものかもしれません。
僕は、人生のある頃から、いつかその絵を描いてみたいと思うようになりました。
自分の観ているその絵を、ちょうど「ナスカの地上絵」のように、この地球の大地に、壮大に描いてみたいと思うようになったのです!
でも、ここに1つだけ問題があります。
その絵の全体を、いまここで、パッとひと目に表現することができないということです。
なぜなら地上絵は、地面に立つツアーガイドが口で説明するようなものではなく、空高く飛び立ち、この“眼”で見るものだからです。
1つの〈世界〉を、まずこうで、ああで、そうしたらこうなるので、それでこうなりますと、直線的に説明することはできません。
実際のところ、僕たちはそういうふうにコミュニケーションを取るのですが、それでは世界を世界たらしめているモノが、ごそっとこの手のうちからこぼれ落ちてしまいます。
それでも、それははじめから“完成”しているのです。
「未来の学校」とは何か。
知識と体験が融けあい、不可分にその意味を広げていく。
そして、日々出会うさまざまなことが、時間も場所も超えて結びつきあい、1つの〈世界〉=自分だけのオリジナルな世界=へと成長していく。
そこでは、子どもたちの学びと人生が、そして学校(という場)の内と外もが、断絶なくリアルに地続きになっていて、
学ぶことが生きることそのものへ、そして生きることがそのまま学びとなっています。
そんな新しいカタチの教育(学び)。
それが「未来の学校」において実現することのイメージです。
でも、その全体像を、どうやってこの社会に現していけるだろうか。
そんなことを思っていた時に、ふと浮かんだアイデアが、この《スケッチブック》でした。
未来のビジョンの多次元的な一面を、1枚1枚のスケッチに描きとめ、それらが相互に連環しあうような1冊のブックにまとまっていくとき、次第にその「絵」が、具体的な輪郭をともなって浮かび上がってくるのではないか。
今、僕たちの世界は、忘れかけていたその「絵」を、思い出しはじめました。
いま生きているこの社会は、かつて誰かが思い描いたもの。
それぞれの側面において、強い影響を与えた個人もいるでしょうし、人々の集合的な意識がつくりあげてきたものでもあるでしょう。
いずれにしても、いま僕たちが新たなビジョン(絵)を、自分たちの真心からの眼をこらして、しっかりと見つめようとする時、そこに未来の新しい社会(世の中)の姿が立ち上がってきます。
それはとても晴れやかな絵で、見る人の心が希望と喜びで踊りだすような、そんなワクワクする絵になるはずです!
清水あつし
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