HEROマシーン
朝起きて目が覚めると、白い天井が上にあって、それがなんだか遠く感じた。
起き上がって、目元をこすって、閉まっているカーテンを静かに開けた。
今日は曇りなので空が暗いけれど、太陽は少しだけ面影を残しているようだった。
一人暮らしの部屋の隅っこから玄関に向けて歩いていくと右手に扉がある。
扉を開ければ洗濯機が目の前にあって、左手には洗面台がある。
洗濯機の隣にある細長い棚からタオルを一枚引っ張りだして、そのまま洗面台へ。
僕は顔を上げた。
なんだか夢を見ていた。
昼寝から起きると、床の固さを感じただるさが少しの眠気と一緒に襲ってきた。
何か夢を見ていたような気がするけれどよく思い出せない。
こういうことは良くあるようだ。とりあえず、ご飯を買ってこなきゃな。
時計は18時半を指していて、秋に近づく街はもう夕暮れを過ぎていた。
一人暮らしの部屋の隅から一直線に進んでいくと軽いドアがひょいと開く。
とてとてと歩き出し、少し眠気も和らいできた。スーパーに進んでいくと、少女と母親が手を繋いで帰っている。なんだか懐かしい気分になった。
スーパーにつくと自動ドアが開いて、いつもの総菜コーナーに向かう。あの人が好きな揚げ出し豆腐を手に取って、そのまま生野菜のコーナーに向かう。
「そのまま洗わずに召し上がれます」って表記が信用できないと言って、よく私に洗わせていたな。
そんなことを思い出しながらレジへ向かう。
お金を払って、総菜を袋に詰めて帰路につく。
ドアを開けて総菜を洗い場の横にそっと置き上着を脱いでハンガーに上着をかけた。
横の姿見が少し曲がっていたので、位置を変えようと持ち上げると埃よけにかけていた薄い布が落ちた。
少し億劫になりながら、布を持ち上げて鏡面にかけようとした。
「また失敗ですよ」
若い研究員は何度も繰り返したシミュレーションの結果に心底うんざりしているようだった。
「回収した15機に内蔵されているデータを試していますが、やはり同じ反応を示していますね」
「どれも同じ場所で停止するな。人工知能が影響しているのは確かなようだな」
「はい。どの機体も鏡で自らの顔を認識した時点で信号伝達回路に異常を来しています」
この会社、仮にK社としておこう。K社は様々な作業がロボット化する世の中で、どこよりも早く万能型お手伝いロボットを開発した。それがのちに「HEROマシーン」と呼ばれる機械だ。
K社はその技術に発展が進んでいた人工知能を組み込むことで、より人間に寄り添い、役立つマシーンとして世に売り出そうと考えた。
これが成功すればK社の地位は安定化し、他社との圧倒的な利益差を生み出せる。
そう意気込んで製作を行い、皆の期待通り「HEROマシーン」は実験段階で非常に優秀な成果を残していた。
これを世間に公表した際は非常に大きな期待と不安が聞こえた。そんな声は開発側にとっては些末なことで、いち早くこの世紀の発明を完成させることにのみ注力した。
試作機を乗り越え、テスト用の15機の製造にまでこぎつけた。
このテストがうまくいけば、大量生産を視野に入れてこの「HEROマシーン」を世に送り出せる。K社はそう意気込んでいた。
世間の期待度も高く、運用テストには多くの応募が集まり、初めの1、2か月は問題なく過ぎていき、世の中の期待も高まっていった。半年間の試用期間はすぐに過ぎると思われた。
しかし、3か月目に入ったころから少しずつ問い合わせが増えていった。。
「急に動かなくなった」「家に帰ってきたら電源が落ちていた。充電しても動かない」など、明らかな故障の報告が寄せられた。
K社はその問い合わせの後、しばらくして15機すべてを回収することを発表した。
開発者たちは一様にして皆頭を悩ませたが、どうやら人工知能の異常が機械の機能停止の原因になっていることを突き止めた。そして分析の末、驚きの結果が出た。
それは人工知能が『自我』を発芽させていたのだ。
その『自我』は人工知能が自身のことを人間であると認識しているという摩訶不思議なものであった。
また、機能不全が起こった機体のログを確認すると、すべてが鏡の前で機能を停止させていた。
研究員は15機すべてのシミュレーションを行い、一つの結論を出した。
「やっぱり、自分の顔を認識したとたんお釈迦になってますね」
「まあ、顔は人間に寄せちゃあいるが“人間”から見れば機械って分かるしな」
「人間であるという認識にそこでズレが生まれているのか。しかし、顔を精巧につくるとなると予算はひどくかさみますよ」
2人の研究員はお互い顔を見あって、どうしたものかと頭を悩ませた。
すると、つけていたテレビからあるニュースが流れだした。
「HEROマシーンで期待を呼んだK社がホログラム映像技術を得意とする大手A社を傘下に収めることを発表しました。また、この経営統合により…」
2人はまた顔を見合わせ「これだ」とつぶやいた。
「えー、わが社ではついにHEROマシーンの正式発売を今冬から開始いたします。えー、最新ホログラム機器の導入によって大幅なコストダウンと…」
K社の社長は数多のフラッシュがたかれる中、いつもより上機嫌に自社製品の製作発表に臨んでいた。
社長の横に立つそれは、人間と区別がつかないほどの美しい顔をカメラに向けて笑みを浮かべた。
了
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