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家もお金も能力もなかった僕がアトラエに裏口入社して社内最高金額3億円を売り上げるまで

初めまして、GreenSalesチームの岩崎です。今回私が本noteを作成・公開しようと思ったのは、『どんな人にも可能性があり、自分の人生を自由に選択できる』ということをお伝えしたいからです。

突然ですが、私は極めて奇妙な人生を送ってきたと実感しております。

私は社会的に言えば「何も持たざる者」です。

学生時代、父親の会社で脱税の発覚、家庭崩壊、家族の精神的な病、会社を初日で退社、住所不定で飛び込みのアルバイト、能力不足によるクビ瀬戸際の日々。本当にドラマや漫画のような家もお金も能力も無い状態でした。

そんな中、「アトラエ」という組織にジョインして、沢山の絶望や困難に遭遇。ですが自分の言動や姿勢を変え続けることにコダワリ、事業部の過去最高金額3億円弱の売上を実現し、人生が好転し始めたと感じております。

どんな経緯で私が変化できたのか、下記の段落に沿ったエピソードをお話させてください。なお、本ブログは次のような人にこそ、読んで欲しいと思っております。

- 自分は学歴・人脈・経歴も無い
- 自分は考えることも話すことも苦手だ
- 自分は今の場所でやっていく自信が無い
- 自分は不安やストレスに弱い

(0) 学生時代 

▼ 家にマルサがやってくる

私は幼少期から本当に頭が悪い人間でした。人が話している内容を理解することや自分が何を考えていて、何を伝えたいのか。考えを整理するということが極めて苦手でした。

例えば小学時代、大切にしていたものを欲しいと言われて、「嫌だ」と言えずにあげてしまった経験。人前で話す際に何をどう話したら良いかわからず、支離滅裂な話をし、学校中が大爆笑、なんてこともありました。

ですが、人懐っこく、かつひょうきんな性格からか、どのコミュニティでも馴染むことはできていました。そのため、自分の能力が低いことで悩むことはこの時はまだありません。

ですが高校時代、ある事件が起きて、自分の能力や人間性に悩むことになりました。

父の勤める会社で脱税が発覚しました。部長だった父は社長に責任を押し付けられて、自宅に国税局の方がきます。俗にいうマルサです。

事前連絡無しに、家にやってきて、家中のタンスや小物入れを漁られ、家族全員分の通帳を持っていかれました。当時高校生の私の通帳も、もちろん持っていかれました。

父は会社を守ろうとしましたが、社長に裏切られた様子でした。その後、父は会社を退職しました。また体調だけでなく精神までも崩してしまい、次第に家族関係に軋轢が生じ、家庭崩壊へと繋がります。

この時、私がマルサ相手に父の無罪を訴えることができたり、もしくは父に社長の腹黒さを訴え、家族を守るために目を覚ませと言えることができたなら、家族の未来はもっと違ったものになっていたかも知れません。

▼ 最高な会社を創ってやる

この事件が起きた際、世の中の会社というものは、人や家族環境と凄く密接に関わっていることを学びました。場合によっては、人を簡単に狂わせたり、不幸にしてしまうこともある。

それならば、自分が、働く人にとって最高かつ、いい会社を作りたい。そして、働く人とその家族を守りたい。そう自然と感じました。そのために自分は能力を磨く必要があると考えたのを今でも覚えてます。

大学入学後、今後の自分を変えたい。その一心で自分が普段やらないことに挑戦し続けました。

Jazzの部活に入部して、数十年ぶりの全国大会への参戦。ヒッチハイクで日本一周。テーマパークへの企画提案とサービス開発の実現。そして、組織コンサル系の企業でインターンなど。

一定の手応えと自信を感じながら、就職活動を始め、組織コンサル系の会社に入社しました。ですが、私は初日で退職を決意します。

というのも、実はその会社は登記をしていない団体で、その事実を教えて貰えぬまま、団体に参加。入社前に団体への不信感と違和感が募り、初日に退職を宣言してしまいました。現在その団体は解散している様子です。

(1) アトラエ入社期

▼ その日を生きるための仕事

大学卒業後も、父の体調や家庭環境は悪いままだったので、家族に不安を感じさせたく無く、退職(脱退?笑)事実も言えぬまま、東京でのらりくらりと生活していました。

ある友人(S氏)が、しばらくの間泊めてくれることになりました。そこで近場の麻布十番商店街で片っ端からお店へ飛び込み、日当で給与を頂けるお店を探しました。

次第に一定の生活ができるようになる一方、自分でビジネスを興したいという思いが募っており、どうしても修行したいという思いからS氏が勤める『アトラエ』を紹介してもらいました。

▼ 最高な先輩との出会い

紹介してもらえたのは、求人メディア「Green」の事業責任者である森田さんと当時のGreenセールスチーム スーパーエース川本さんです。

麻布十番の居酒屋にて、キャリアや人生に関して相談させてもらいましたが、結果、コテンパンにフルボッコにされて終わりました。

『君がやってきたことは行動さえできれば、誰でもできるんじゃない?』
『行動の意図や理由に一貫性が感じられないんだけど、何かあるの?』
※思い出のため、聞こえの悪い補正が入っております


当時瞬間的には自分の人生を完全否定されたように感じました。

ですが、二人は物凄く真っ向から私の人生に向き合ってくれましたし、私の人生が本当に良くなるためにと真摯に意見や考えを話してくれていたのだと今なら分かります。

求人メディア「Green」の事業責任者 森田さん

その後、自分の人生をひっくり返したい、その一心で、再度二人にアトラエで働きたい旨を伝えました。もちろん、通常面談の評価はNGです。

ですが、何度も何度も話を聞いてもらい「どうしてもアトラエで働きたい」と熱意を訴え、自分自身も何があっても踏ん張り続けると覚悟を決めるたことで、「短期アルバイトなら…」と、完全な裏口入社が決まりました。

そこからボルテージMaxで働き始めるも、3ヶ月後には会社を辞めたいと強く感じることになります。

(2) アトラエ絶望期

▼「諦めない」という決断をする

やっとのことでアトラエに入社するも、想像以上に自分は仕事ができませんでした。学生時代に養った自信は完全なる勘違いでした。さらには社内の仲間からのアドバイスに対しても、反論して何も実践しない。

勘違いだらけのプライドを守るためにひたすら自己防衛に走っていました。会社と仲間に沢山の迷惑をかけ、自分の弱さを実感し、心が完全に折れかけたある日、川本さんと居酒屋に行く機会がありました。

私が自分の至らなさに涙して、会社を辞めたいという旨を伝えたところ、川本さんが次の言葉をかけてくれました。

『日本で一番お前が駄目でも、おれが一人前に育てる』
『最悪お前がクビになったら、おれが子会社作って、採用してやる』
『だから諦めずに、会社に貢献することだけを考えて、ひたすら行動しろ』

組織力向上プラットフォーム「Wevox」のキリコミ隊長 川本さん

この言葉は私の心に深く刻まれ、会社を辞めるという選択肢は完全に無くなりました。

▼正しい自己認知は成長を生む

しかし、人は急に仕事ができるようにはなりません。

企業対応や提案活動、社内業務など様々な仕事がある中、しばらくバリューを出せないままでした。そうなると段々と私がこの会社にいる意味を見いだせなくなってきます。

また仲間との飲みの時にも居心地は凄く悪いですし、気楽に話せる仲間も数人程度という状態でした。仲間も私を心配してか、次のような質問をよくしてきました。

『将来どうするの?』
『いつ迄アトラエにいるの?』
『別の会社の方が幸せに働けるかもよ?』

こうした質問が来るのは至極自然です。それでも私は自分を拾ってくれたアトラエという会社やそばにいてくれる仲間、応援してくれる人たちに応えたい、と考えていました。だからこそ、努力はやめませんでした。

学習や成長速度は遅いものの、徐々にミスも少なくなり、業務のレベル感もマシになった頃、少しずつ貢献を認められ、契約社員に昇格しました。しかし、まだまだ高い成果や強い組織を創る貢献まではできません。

そんな中、Green事業責任者の森田さんから自分の価値観を変えた言葉を言われました。

『自分に期待しすぎなんじゃない?』
『現在の岩崎の能力で、高い成果を出すのはぶっちゃけ難しい』

その言葉を受けた時、私の心は深くえぐられました。これを私は「冷たい言葉」だと受け取りましたが、後にこの言葉を咀嚼すると、深い愛情を感じました。

私はアトラエ入社後から自信満々で、自分への期待値や肯定感が強烈に高い。でも実体は何も価値を生みだせていないただの自意識過剰でした。その理由は、適切に自分の能力や特性を把握できていないからです。

それ故に、根本原因にも気づかず、言動を変化させられていない。だからこそ、成果もでないし、成長もできないということにやっと気づけました。

(3) アトラエ活躍期

▼ 仲間は自分を見捨てない

それから私は適切に自身の能力や人間性を捉えようと努めました。まだまだ自己認知は磨ききれていませんが、当時と比較すれば大分修正できていると実感しています。

仲間が自分の活躍や成長を諦めずに、沢山の時間を割いてくれるようになりました。今の私に何が必要か、1年後どのような状態になっていたいのか。一緒に成長のロードマップを作成し、日々の行動をデザインしてくれました。

当時の成長ロードマップ

結果、これまでには無い手応えを感じながら、一歩ずつ確実に成長できました。そしてついに正社員に相応しいと認められ、裏口入社から6年、晴れて正社員へと昇格しました。

これは高い目標に挑戦すること、やり抜くこと、粘り強く打ち込むことの大切さを学べた重要な転機でした。

▼ 自分史上、ありえない大勝

一般的にはセールスにおいて、人数を削減するというのは考えづらい戦略ですが、アトラエは知恵とテクノロジーによって、少数でも価値の最大化を計る文化です。

6年前は10名以上いたセールスメンバーが、他事業への異動により今ではたったの3人になり、入社6年目ながら私がチームの年長者となりました。これは人生最大のピンチです。

ですが、3人で努力と信念を貫き、新しい勝ち筋の発見、全営業数値の過去最高数値を実現できました。私個人でも年間3億円弱の受注金額を記録しました。

振り返ると、常に自分達が好奇心と高い目標を持ち、学習サイクルを回し続けたこと。また挑戦し続け、諦めず、絶対にやり抜くと決めて、必ず勝つまでやりきるということを実践できたことがこの結果につながったと自負しています。

その結果、社内表彰においても、今期は個人的に最も嬉しいベストチーム賞を受賞することができました。

セールスのチームメンバー

(4) メッセージ

▼ 誰もが人生を自由に選択できる

長々となりましたが、ここまで奇妙かつ、ドラマのようなストーリーだったと感じております。このような経緯から、次の3つを実現し続けたいと考えております。

まず、『どんな人でも自分の人生を自由に選択できる』ということ。私のように何もできなくて自信の無かった人間でも、諦めずに変化に挑戦し続けることで、必ず未来を作り出すことができます。

次に、『信頼する仲間と不可能と言われることを実現する』。せっかく一緒にビジネスをするならば、信頼できる仲間と一緒に時間を過ごしたい。とんでも無いことに挑戦するのは大変エキサイティングです。

それを実現できた時にはもう感無量、余韻が堪らないものです。

最後に、『働く人とその周囲が幸せになる社会を創る』こと。このテーマは私の強い原体験にあります。だからこそ自分の手で最高な会社・働き方・労働のあり方や環境を創りたいと思います。アトラエを起点に最高な会社をもっと増やしていきたい。

そのためにこれからも自分の人生を費やして、価値創造・価値提供を最大化していきます。

こうしたテーマの実現を目指す中で、弊社ビジョンである「世界中の人々を魅了する会社を創る」ことに繋がると実感しておりますし、今後も挑戦の勢いを加速していきたいと思います。

以上です、長々と書いてしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

最後に
アトラエでは一緒に働く仲間を募集しています!
興味のある方は採用ピッチやラジオをチェックしてもらえたら嬉しいです。


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