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ぐるぐる話:第23話【美花の涙】@2540



こちらはリレー小説です。


今までのお話・・・

スマホがほしくてたまらない、小学4年生の柚は姉の杏と母親の麻子、そして現在はイギリスに出張中の龍之介と浅草で暮らしている。ある日、祖母の木綿子のもとを訪ねた柚はスマホのことを母親の麻子に話してくれと懇願。
温泉旅行を計画し、一肌脱ごうと考えた木綿子だったが、温泉宿楓屋の露天風呂で、ふとした拍子に柚が溺れてしまう。
奇跡的に命をとりとめた柚の命を繋ぎとめたのは、同じ宿に泊まる若い母親森田美花と4歳の花音だった。柚の入院する病院に付き添う麻子から、柚の意識がもどったことを知らされた木綿子は、そのことを命の恩人である若い母親に伝えようと部屋をたずねる。



前回までのお話はこちらから・・・
1話から22話まで、個性豊かな皆さんが1話ずつ
それぞれが自由気ままに物語を紡いでくれました。
すべてのお話は順番に「ぐるぐる話マガジン」に綴じてあります。
お時間ありましたらどうぞお楽しみください。




記事の最後で個人企画「ぐるぐる話」のご案内をしています。
あわせてご覧くださいね。



第23話【 美花の涙 】


眠っていた柚がやっと目をさましたことを麻子からの電話で聞いた木綿子は、大きく息を吐き出しながら心の底からホッと胸をなでおろした。それと同時に、今まで何気なく繰り返していた呼吸が、いつもより一段浅いところで吸って吐いてしていたことに気づく。

「息はお腹でするもんだよ!何事も腹を据えて向き合うのがいちばんの道なんだからさ!丹田だよ!丹田に力を入れな!」

と口癖にように言っている木綿子は、こんなザマじゃ若いモンにあれこれ偉そうなこと言えやしないね・・・と心の中で苦笑いした。そして、麻子からの電話をきると木綿子はすぐに柚の命の恩人、森田美花の部屋をたずねた。杏を部屋にひとり残して・・・。


扉をゆっくりと開け、中から姿を現した森田美花は、先ほどの勇ましさとはうってかわって、少し疲れて肩を落としたように見えた。浴衣を着ているせいで、なで肩が目立つ・・・そんな単純な理由ではなさそうだった。


そりゃそうだ。娘とふたり、のんびりと温泉を楽しみに来たはずが、思わぬ事故に巻き込まれたのだ。入浴中のわが子をびしょ濡れのまま抱っこ紐にくくりつけ露天風呂の階段を駆け下りたそこには、意識不明で横たわる少女の姿。

その場にいる人間の中に、意識不明の少女の命を救えそうない人間はひとりもいない・・・とくれば、自分が少女の命をこの世界に繋ぎ止めるしかない!そう思うのが人の気持ちの常だろう。そして、実際に美花は立派に柚の命をこの世に繋ぎとめたのだ。傍で見ていた花音も、おそらく母親の勇姿を忘れることはないだろう。


美花に促されるまま部屋にはいり、座卓の前に置かれたとび色のふかふかの座布団によっこらしょ!と言いながら腰を下ろした木綿子は、今さっき麻子と電話で話したことをゆっくりと美花に伝えた。

白地に麻の葉模様の浴衣を纏い、にっこりしながら安堵の表情を見せると・・・

「ああ・・・そうですか・・・それは何よりです。本当によかったですね・・・」

白いつやつやしたシワひとつない顔を、くしゃくしゃにしながら美花が言う。

「ねえ?変なこと言うようだけど、ここへはふたりで来てるのかい?」


と麻子がそばにいたらきっと肘鉄をもらいそうな話を唐突に切り出した。


「はい・・・実は傷心旅行なんです。オットがあまりにわからずやなものだから、2、3日姿をくらまして心配させてやろうと思って・・・」


言いながら花音にせがまれてテレビのチャンネルを子ども番組に変え、座布団の上に正座しなおした。


画面にはおかしな着ぐるみを着たキャラクターが歌ったり踊ったりする合間に、お兄さんやお姉さんが登場する子ども向けのスペシャル番組が映っていた。それを見ながら花音は飛び上がって喜んでいる。着ぐるみが呼びかける声に大きな声で返事をしながら、食い入るようにテレビに釘付けだ。


「いいね・・・ホントに・・・子どもってゆうのは可愛いもんだね・・・」


ポットから急須へ、急須から湯飲みへお茶を淹れながら美花がぽつり・・・

「可愛いと思う気持ちが、磨り減っていくようで怖いんです・・・」


言うと、大きなため息をひとつついた。


「そうかい・・・頑張ってるんだね・・・きっと・・・でも人見知りもして・・・いい子に育ってるじゃないか・・・あなたが大事に育てていることが花音ちゃんを見ているとよーくわかるよ・・・」


言いながら微笑んだ瞬間、突然、美花の目から大きな涙の玉がひとつ座卓におかれた美花の手の甲に落ちる。


一人目の子どもを育てる母親というのは、毎日がはじめての試練のくり返しだ。その試練をどうやって乗り越えていくか、どうやって子どもと向き合っていくか、そのことにきちんと向き合えば向き合うほど母親としての仕事が増えていく。それは木綿子も経験済みのことなのでよくわかる。


そして自分が思い描いている理想と、その理想から離れていきそうになる自分の育児の間で焦燥感にさいなまれる・・・子どもを育てることを真面目に考えてその通りに実行しようとすればするほど悪循環になっていくことを、木綿子は嫌というほど味わってきた。


今、目の前にいる若い母親・・・美花が、いつかの木綿子のように苦しんでいるのだとしたら、ほんの少しでもその苦しみをやわらげてあげたい・・・寿町のお節介オバハンと異名をとる木綿子が、手塩にかけてわが子を育てながら涙する若い母親に対して知らん振りなどできるはずはなかった。

「そうかい・・・じゃあ今日はビールでも飲みながら一緒に夕飯を食べないかい?麻子も柚も病院だし、私たちもちょっと寂しく思っていたから・・・もしよかったら私の部屋で一杯やろうじゃないか?ね?そうしようよ!」


あまりに自然な調子で誘う木綿子に、気づくと小さく微笑みながら、けれども、大きくうなずき微かに口もとをゆるめる美花だった。


【 24話につづく 】



次回の24話はこちら

かいひなたさんにバトンタッチです。
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