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ぐるぐる話:第28話【竜化の滝】   @2637




美花と花音が木綿子の部屋を訪れる前・・・


杏・・・。杏・・・。杏ったら・・・。そろそろ起きないと・・・。杏・・・・・・


畳の上に置いた枕に頭を乗せ、柚と麻子がいないことでこんなにも心がしょんぼりしてしまうものなのか・・・木綿子とふたりではこの部屋は広すぎる・・・畳に寝転んで杏はぼんやりとテレビの画面を眺めていた。


木綿子が部屋の暖房をつけたせいで、寒々と小さく疼く心とは裏腹に、手足と頬はポカポカと温まり、気づけばいつの間にかうたた寝をしていた杏は、木綿子の声で目を覚まし、枕に涙していることに気がついた。



ああ・・・そうだ・・・ここには私と木綿子さんだけ・・・そしてこれから美花さんと花音ちゃんがやってきて、いっしょに夕飯を食べることになっているんだった・・・。



それにしても・・・不思議な夢を見ていたような気がする・・・柚は・・・そう・・・柚はまだ病院・・・浩くん・・・あれ?・・・浩くんが夢に出てきたような気がする・・・そうだ・・・クラスの女子と浩くんが両想いだという噂が本当かどうか、そのことを確かめたくて柚はスマホをほしがっているんだろうな・・・って思ったんだ。



2年前に浩くんが柚のもとへ遊びにきていたことと、2ヶ月前に柚から訊ねられたラインのことで、柚がスマホをどうしてもすぐにほしいわけが何となくわかった・・・夢の中だったけど・・・。



なんだかんだ色々なことを言ってみても、やっぱり恋する女の子に年齢は関係ないんだよね・・・。そうだ・・・柚がどうなったとしても、とにかく柚のためにスマホを買おうって決めたんだった。


木綿子さんに話したら「縁起でもないこといいなさんな!」って怒られちゃいそうだけど、浅草に帰ったら、すぐにスマホを柚に買ってあげよう・・・たとえその場に柚がいなくても、スマホを買ってあげることを考えると、ほんの少しだけ明るい気持ちになる杏だった。



相変わらず木綿子はぼんやりとテレビを見ている。見ているのはケーブルテレビで、出演している人に知った顔は一人もいなかった。番組は県内の名所や名産品を笑顔がチャーミングな女性が地元の人へのインタビューを交えながらレポートをするものだった。観光客へ向けた地元PRの一環なのかもしれない。


しばらく見ていると画面に竜化の滝が映し出された。・・・ここへ向かう車の中で道路に立っていた案内を見て、みんなで散歩がてら滝を見に行こう・・・そう言い合った滝だった。



道路にあった案内は、重たそうな1枚板に太く力強い大きな文字で竜化の滝と書かれ、ところどころが朽ちているような、古めかしい印象だった。その看板のすぐ脇にある滝への入り口は、周りにある様々な形の楓が色とりどりに鮮やかさをアピールすればするほど、よりいっそう入り口のみすぼらしさを際立たせているように感じた。



けれど、いま画面で見る滝はみずぼらしい・・・などという言葉からは遥かにかけ離れ、この上なく神秘的で個性的な美しい風景だった。

滝の両側の岩に生えた真っ青に輝く苔やシダの葉から立ち上る不思議な気は、あたり一面を神々しくさせていた。何より真っ白な泡を立てながら力強く落ちていくたくさんの水は、竜が昇っていく姿に見立てたのがぴったっととくる様子だし、テレビという媒体を通して見ているのに、心の奥の奥にある汚れた何かをすべて洗い落としてくれるような、美しさと迫力を兼ね備えた立派な景色だった。その荘厳さにふたりが圧倒されていたときだった。



「はーーーい!すみませーーーーーん!いまどきまーーーーーす!」



といきなり聞きなれた声がした。すぐに誰かわかった。龍之介だった。ほぼ同時に木綿子も気がついたようで、杏のほうを振り返り口をあんぐりと開けている。


どうして・・・?なぜイギリスにいるはずの龍之介がここに・・・?ふたりともまるで狐か狸にでも担がれているような心持ちになりながら、テレビの画面を食い入るようにまじまじ画面を見る。



声はするが、実際には画面のうんと奥のほうにいるため、はっきりと表情まで読み取ることができない。けれど間違いない・・・龍之介だった。杏は心臓の鼓動が強く早くなるのを感じていた。


するとその瞬間、そんなことはあるはずがないのに、テレビの中の龍之介と目があったような気がした・・・と同時に・・・


「大丈夫!柚は元通りの元気な柚になって戻ってくるから・・・何も心配することはないよ!いいね!わかるね?それより杏・・・木綿子さんをしっかりと支えてあげてやっておくれ。父さんも、じきにそこへ向かうからね!」


と声ではなく、文字でもなく、龍之介の気持ちそのものが杏の心の中に異次元の周波数のような不思議な響きとしてすっーっとはいってきた。


あっと思う間もなく、龍之介の姿はテレビ画面の中からすっかり消えてしまい、今聞いた龍之介の声と今見た龍之介の姿が、夢なのか現実なのか、そんなことまでわからなくなっていく杏だった。



その出来事を、ふたりが頭の中で懸命に整理しようと眉間にしわをよせ顔をつき合わせている静寂を、美花が部屋を訪れたことを知らせる呼び鈴が打ち消した。

やってきた親子・・・木綿子はジュースとビールを廊下に買いにいく・・・杏はスターピープルのことを美花の耳元でつぶやく・・・乾杯をした木綿子はあっという間にビールを飲み干し話題はスターピープルへ・・・


<はあ・・・たどり着いた・・・笑・・・ito>


壁に背中をあずけ長い足を前に放り投げ、両手でスマホを操りながら、お気に入りのSNSをチェックする。それは杏にとってはなくてはならない時間だった。もともと、誰かと一緒にいるよりも一人でいるほうが落ち着く杏は、本を読んだり、スマホをいじったり、映画をみたり、とにかく自分ひとりで全てを完結させてしまう時間になにより愛着を感じていた。



それは、いつでも大勢の中の中心に立ち、周りを巻き込みながら台風の目のようにあちこちで大騒ぎをする母親の麻子を、心のどこかで不満に思う気持ちから身についたものかもしれなかった。けれど、最近では麻子に対してもずいぶんと素直な気持ちで思いやることができるようになっていると自負している。



それなのに、龍之介の秘密を知ってからというもの、麻子に対する裏切りのような気持ちがいつでも心のどこかにあって、つい、冷たい態度をとってしまう杏だった。


それは同時に杏が誰よりも母である麻子をたいせつに想っている・・・ということにほかならなかった。



【 第29話へつづく 】



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