豊島園日記5
早宮の方では家の外に置いてある植木だとかごみ箱だとかを燃やされる不審火が続いているという話があっても、初めは遠いところの出来事だったのに、小火が四丁目、三丁目へとだんだん南下してくることによって他人事ではなくなってきた。
そんな折、買い物帰りで火事の後にでくわした。練馬春日町交差点近くの団地向かいにある小さな一軒家はもう鎮火されてはいたけれど、消防車が止まっていて、なにやら検証をしている。
その様子を眺めていると、なんとか隣の敷地には燃え移らずに済んだと近所の人が話合っているのが聞こえてきた。たしかここは昔ながらの床屋さんだったはずで、ガラスの割れた窓からは真っ黒に焼け焦げている室内が見える。
「あたしも人聞きだけど亡くなったらしいわよ」
「まあほんと、お気の毒にね」
早宮の事とは関係ないとはおもいたかったけれど、いよいよ物騒になってきたなと、スーパーの袋を抱えて家へと帰った。
次の日は朝が早いからさっさと寝ようとしたら、隣の駐車場でずっとアイドリングしている奴がいて、それに共鳴した建物がごろごろと震えていて、とても寝ていられない。しばらくは我慢してみても無駄だったから、さすが文句を言ってやろうと意を決して外に出たけれど、駐車場の敷地に入ろうとしたところで、その車は猛スピートで走り去っていってしまった。
怒りの持って行き場がなくなりなんだか拍子抜けして、すっかり眠気も冷めてしまったついでに、寝るのはあきらめて夜の散歩に出ることにした。
消防車のサイレン音が小さく聞こえて、すぐに遠ざかっていった。昼間とは違って雲が出ていて、しくしくとした湿気があってなんとも気分の良くない夜で、あてもなく歩いてみたところでどうもおもしろくない。
老人ホームに突き当たって左に曲がると、前方から酔っ払いの男二人組が肩を組みながらふらふらとやって来た。住宅街の中なのに大声で話しているけれど、呂律が回っていなくて何を言っているのかはわからない。すれ違う時に、「やっぱり木村さんは違うわ、まだまだ衰えてないね」と言っているのだけはかろうじて聞き取れた。まだ衰えていないというのはお前の全盛期は過ぎたと暗に言っているのに等しいのに、言った方も言われた本人も気づいていなくて、いっそう気がくさくさしてきた。
足取りも重く、運動公園の方へとぼんやり歩いていく。東中央橋の先の歩道はまだ閉鎖されたままで、補修工事なのになかなか終わらないなとおもっていたら、川のそばになにか土台を作り始めているのに気がついた。近くに貼ってあった工事概要を見てみると、文化センターの裏から来ている道路をそのまま北の方へと延伸する計画で、新しく橋を架ける工事をしているらしい。
石神井川の左岸にあった草が生え放題の空き地はその新しい道路のための用地だったようで、現在の車道はそのまま歩道に作り替えられるらしかった。この先の左手にも工事予定区間があって、ゆくゆくは環八と環七とをつなぐ計画がある。事業概要によればこの辺りの電線は地中化されるようだし、車の流れも街並みもまた変わっていく。
道路を渡って向かいにあるいちょう公園でトイレをすませ、坂をのぼっていく。通りには白い花を咲かせたモクレンが並んでいて、前方には雲が多くてはっきりしない夜空が広がっている。
上を見上げていたら、ぐにゅっとした何かを踏みつけた。目を凝らしてみると、暗くてわかりづらいけれど、地面には至る所に茶色の大きな虫のようなものが転がっている。その中には白い花びらも混じっていた。
おそらくは虫ではなく、咲き切らなかったモクレンが蕾のまま落ちて腐っているのだろう。いくつも転がっている未開の花のひとつを試しに踏んづけてみると、やわらかな外皮が耐えきれずに裂けて、内臓が弾け、体液を散らしながら潰れる感覚があった。