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帝国少女(上)

夜ノ匂イ
車ノ音
街ノ灯リ
人々ノ聲
信号ノ点滅
発車ノ合図









くだらない。全くもってくだらない街だ。どうにかしてよ、どうにかしたいよ、どうにかなっちゃえって。今ならレモンを置いて立ち去る気持ちも分かる。
馬鹿になっちゃったの?ってくらいの音量で流れるチープな曲と、鬱陶しいわってくらいにギラギラのネオン街を、タバコ片手に歩く彼の姿が浮かぶ。騒がしくて眩しくて、陽気なリズムが良く似合う人だった。私はいつまで経っても慣れなくて、たまの誘いに乗って街に出ても、ただ背中を追いかけていくだけで精一杯だった。普段はそれなりに働く頭も口も、彼の前じゃウンともスンとも言わなくて。
だけど私、従順でただ都合がいいだけの女になりたかったんじゃない。本当はもっと対等に、求めて求められて、たまにあしらったり、嫌なとこも隠さずさらけ出して、それを話のタネにじゃれ合えるような、そんな愛みたいなのを求めてたはずなのに、な。

人生でいちばんってくらいに酒と感傷に酔いしれて、それなのに妙に冴えた頭が、流れる音楽を勝手に記憶の中の彼と結び付ける。これはドライブの時によく聴いた曲で、これは彼が部屋でいつも流してた曲で、これは上京する時に好きで聴いてたって話してた曲で。
そうやって音に釣られる夏の虫みたいに、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ……。

「こんなに遠かったっけ」

目指したのは、2~3度しか来たことのないナイトクラブ。
金曜の夜にクラブにいるような男に恋したってどう仕様もないよって友達は言うけど、職場で出会った彼ですらどうにか出来ない私からしたら、出会いの場所なんてさほど重要じゃない。兎にも角にも、この寂しさを埋めてくれるなら誰でもいいんだ。どうせ彼にしか埋められないのだから。

トイレで作戦会議しながら髪を巻き直す女に混じって、私も申し訳程度にリップを塗り直し、どうせ少し覗くだけだとぼんやりフロアに佇んでみる。いつまでも魅力を失わないダンスミュージックが、下品なディスクジョッキーの手で台無しにされているのを聴きながら、ドリンクを1杯。客が盛り上がってるのは曲のポテンシャルが高いからでしょ、なーんて。スクラッチのスの字も知らないくせに勝手にバカにするの、良くないよね。いつ聴いても心震えるような“名曲”なんてものは、どうせ似合わないくせに。

今日が私の最後の1日なんだし、もうどうなったっていいやって、音楽に乗せて彼への不満を叫んでやる。そうしてるうちに今度は涙が出てきて、口から出るのはいつの間にか嗚咽だけになって、そんなのは悔しいからって、他でもない自分のために強がって唇を噛んだ。
心、痛いの痛いの、飛んでいけ。

純金製の割に安く買えたお気に入りのピアスと、久しぶりに誘われたからと時間をかけて丁寧に塗ったネイル。それから彼の初めての女と同じだという香水を纏って、1番スタイルがよく見えるコーディネートを家を出るギリギリまで探してた。今ここにひとりで立ってるのは、本当はぜんぶ、ぜんぶ彼のために作られた私なのだ。
下着は黒が好きだって言ってたからちゃんと着てきたし、おしりよりも胸が好きだって言うから、好みじゃないけど身体のラインが分かるような服も最近増えた。肌とくびれを褒められたことがあったから、その日からボディミルクと筋トレを欠かしたことはない。
そうやってずーっと、もしかしてって期待して、念入りに準備して自分の番が来るのを待つ。それで結局なにも起きない夜を過ごすまでが、私の最近のナイトルーティンだ。彼がそばにいない日なんて、私の人生じゃもはや消化試合。

……だから、死ぬならこんな日だって決めてたの。

こんなところにひとりで来て、カクテルを2杯飲んでいきなり泣き出すような、脆くて不安定な女じゃなかったはずなのに、彼のせいで身体も心も少しずつボロボロになっていく。
今夜も平気で私を置いていくけど、私はこれからもこの劣化した身体で歩き続けなきゃいけないのよ。どこにもアテなんて無いのに。

クライマックスだとド派手にカスタムされた、本当は切ないラブソングだったはずの曲が、まるで私の叫び声みたいに滑稽にフロアに響いてる。意味も知らない大学生達が盛り上がっているのは、半分はこの空間が与える強迫観念みたいなもので、そうしている内に私もそのウイルスに感染して、ずっと朝なんて来なきゃいいのにってDJに願い出すようになるんだろうか。

5時過ぎ。もう今日だけどまだ昨日の続きみたいな気がしてて、もう少し歩こうかなってフロアを後にした。

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R Sound designさんの『帝国少女』という曲、さっき見つけて聴いてみたら素敵だったので、その歌詞を元に小説を書いてみました。眠いから1番まで。続きはまた今度書きます。

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