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【考え事】旅館の口コミ文学の様式美

旅館の口コミサイトの悪い評価の記事を、たまに夢中になって見てしまうことがある。きっとその人が本当に腹が立ってどうしようもなくて、その怒りをそのページにしか向けようがなくて、書いてしまったという勢いがひしひしと伝わるのだ。

実際にひどい旅館もあるかもしれない。ここはひとつ、冷静になっていただいて…とも思うけれど、一方で怖いもの見たさでちょっとワクワクしながら口コミを見てしまう自分もいるのだ。昔に流行った志村けんの「ひとみばあさん」のコントをこっそりのぞくような感じ。ああ、性格が悪い。

そういった口コミは、だいたい改行がない、一文が長い。下のような感じだ。

家族の気分転換でこちらを予約、旅館に向かう途中に口コミを調べたところ酷評の数々に家内と絶句したもののとらえかたは人によって違うだろうと気を取り直して非日常に心をふくらませた、ところが待っていたのはこちらの期待をある意味で大きく裏切る酷い有様であった。まずこちらが旅館前に車を横付けしたのに玄関前に立っていた従業員からは一切の声がけもない、どこに駐車すればいいのか尋ねると鍵を貸せの一点張り、どうやらこのご時世なのに従業員に車を預けて別の場所にとめさせる仕組みになっているらしい、直接ハンドルを触れさせたくない客もいるだろうにこのやり方はいかがなものだろうか。
首をかしげながら玄関を開けるとカビ臭さと尿の混じりあったような臭いが酷い。通された和室は何十年も変えていないようなささくれだらけの畳に埃だらけの置物。さらに気持ちを落とされたのは夕食である。刺身はところどころ乾燥している、だいいち山の宿なのになぜ刺身を出すのか理解できない。ご飯は前日炊いたものをそのまま保温して出しているのだろう、黄色くなってところどころ固くなっている…

そりゃかわいそうだ…と共感するような記述にまじって、「だいいち山の宿なのになぜ刺身を出すのか」といった、主観っぽい恨み節が書いてあったりするのが見逃せない。

岐阜の飛騨地方のように、山の中でも富山に比較的近い地の利を活かしてお魚のおいしさをPRしている宿はいくらでもあったりする。某文化人ではないけれど「それってあなたの感想ですよね」という内容も入っていたりする。

そんなわけで、口コミサイトの内容を参考にするときには、ある程度、割り引いてみなければならないと思う。


ただ、上のように書いてある旅館が本当にあったら、自分は選ばないかなあ…

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